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by hinaseno
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「幸せにさよならしちゃったら、まずいよなぁ」(その3)


「想い出にさよなら」がかかったのは1976年2月3日に放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」。午前3時の放送なので収録したのはおそらく前日の2月2日。
放送の中で、昨日と一昨日は神戸でコンサートをしたと語っています。年譜を調べたら確かに1月31日と2月1日の2日間、神戸のサンダー・ハウスにてコンサートをしています。
神戸といえば、例の助川さん事件。このコンサートの直前の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の特集がフォー・シーズンズ。つながっていますね。ただ、大瀧さんはこの神戸でのコンサートは「からぶりに終わりました」と言ってました。確か体調があまり良くなかったんですね。

さて、この日はガール・シンガーの曲を多くかける特集をしていましたが、制作中の『ナイアガラ・トライアングル』の締め切りが2月10日ということで『ナイアガラ・トライアングル』に関する話が何度も出てきます。
この放送の日まで、達郎さんと銀次さんの曲は仕上がっていたようで、できあがった銀次さんの曲のタイトルを紹介。その最後に出たのが「想い出にさよなら」。
「想い出にさよなら」と言ったあと、もう一回「想い出にさよなら」と少し笑いながら言い直して、「想い出にさよなら」に関してこんな話を始めます。

「想い出にさよなら」、これが...。ココナツ・バンクの頃にね、伊藤銀次が曲を作ってましてね。ホントにこれは2年前の話なんですけど、それが「想い出にさよなら」という歌なんですね...あっ、テープがありますからね、これを後の方でかけたいと思いますけど...、それをですね、銀次と山下と僕が3人ずつ、1パートずつですね、互い違いにして歌っているわけなんですけど。ホントに、オリビア・ニュートン・ジョンじゃなくて、え〜と誰でしたっけ、メリサ・マンチェスターの新曲が「想い出にさよなら」(正確には「想い出にさようなら」)っていうんですよね。それで、ホントにウソなしにですね、伊藤銀次が2年前に「想い出にさよなら」を作ってね、それでいよいよそれを出そうと思ったんですよね、この『ナイアガラ・トライアングル』で。それで出そうと思った矢先にメリサ・マンチェスターにやられましてね。これを非常に今、考えているんですよ。題名を変えようかどうしようか。それでホントに2年前に作ってしまったものなのでね。歌詞も全部できてて曲も全部できてたもんで、なかなかその、昔に完全に一作にしてしまったものってホントに変えにくいんですね。それで歌詞の中でも非常に重要な部分を、その「想い出にさよなら」という部分を言っているわけなので、なかなか変えにくいという。そういうあれもありまして今、非常に悩んでおります。

この話の中で、大瀧さんの口からは何度も「ホントに」という言葉が飛び出していますね。大瀧さんとしては、銀次さんがメリサ・マンチェスターの曲の題名をパクったなんて思われたたら、銀次さんに申し訳ないという気持ちがすごくあって、知らず知らずのうちに「ホントに」「ホントに」を繰り返していたんでしょうね。
ちなみにメリサ・マンチェスターの「想い出にさようなら」の原題は「Just Too Many People」。原題もそうですが、歌詞の中にも「想い出にさようなら」につながる言葉はありません。発売は1975年。で、この曲のヒットを受けてアルバムも発売され、どうやらこの2月には来日コンサートをしているようです。

で、この後、コニー・フランシスの「Your Other Love」をかけている間に「想い出にさよなら」のテープを探してきたようです。曲をかける前にこう紹介。

「クマ、銀次&伴内」という名前で出そうかと思っていますが「想い出にさよなら」です。

大瀧さんとしては3人(アーティスト名のクマは山下達郎のあだ名、伴内はもちろん大瀧さんの変名の多羅尾伴内)で歌った「想い出にさよなら」をシングルとして出すつもりでいたんですね(実際、「幸せにさよなら」のシングルは4月1日に発売。アーティスト名はナイアガラ・トライアングル)。ほぼ同じタイトルの曲が先にシングルとして出てヒットし、その曲を引っさげた形で来日コンサートをするというこのタイミングで似たタイトルのシングルを発売するというのは確かに躊躇せざるを得なかったのかもしれません。自分の作品ならまだしも、人の作品。しかもそれが公になるのが遅れた責任は自分にもあると考えたはずですから。

ところでこの日かかったのはまだそれほど楽器の音を重ねていない歌だけがよく聞こえるバージョン。後に発売される「幸せにさよなら」のシングルバージョンとはかなり違っています。ただし、歌う順番はシングル・バージョンと同じですね。ちなみに昨日貼ったYouTubeの音源は歌う順番を変えた別バージョン。
『KAWADEムック 増補新版 大瀧詠一』のリストでは「幸せにさよなら」となっていますが、やはりここでかかったバージョンのタイトルは「想い出にさよなら」とすべきですね。circustown.netのどなたかがこれを読まれたら是非修正しておいて下さい。

さて、曲をかけた後の話。

これは2年前にホントに伊藤銀次が作ってね。これは加山雄三の曲調でしょう。よく聴くと。それでね、加山雄三に売り込もうと(笑)持ってったんですよね。それでもなんか、あの頃はレコードを出さないからって断られましたけどね。まあ、そういうわけでこの曲を。

ここで、かかったのが加山雄三の「幻のアマリリア」。



加山雄三の曲といえば「君といつまでも」とか「ぼくの妹に」といった3連のバラードのイメージが強いのですが、「想い出にさよなら」はこの「幻のアマリリア」のような感じに近いってことでかけたんでしょうね。
ところで大瀧さんは「あの頃はレコードを出さないからって断られました」と言っていますが、確かに加山さんは1972年以来シングルを出さない状態が続いていました。ようやく出したのが1976年の夏(これが「ぼくの妹に」ですね)。大瀧さんが「想い出にさよなら」を歌ってもらおうと持っていった1974年当時はやはりシングルを出さないことにしていたようです。

さて、いつかは、と考えていた「想い出にさよなら」を録音してようやく出すことに決めた矢先にメリサ・マンチェスターがほぼ同名のタイトルの曲を出していてヒットしていたことがわかった大瀧さん、悩みに悩みます。
銀次さんとしては「めんどくせえな」「どうでもいいじゃん、そんなこと」と思っていたみたいですが、大瀧さんが悩んだ内容を僕なりに考えると、僕が知っている限りの大瀧さんであれば、この曲には”縁がない”と判断してボツにすべきではないかと考えたんじゃないかと思います。

でも、結局ボツにはぜず、タイトルを変えて予定通りシングルとして出すことにしたわけです。
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by hinaseno | 2016-01-04 13:51 | ナイアガラ | Comments(0)