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by hinaseno
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「幸せにさよならしちゃったら、まずいよなぁ」(その1)


お正月といえば、この曲も、です。



タイトルは「幸せにさよなら」(ただし、別バージョンですね)。今から42年前の正月に生まれた曲。歌っているのはナイアガラ・トライアングル。メンバーはもちろん山下達郎、伊藤銀次、そして大瀧詠一。作詞作曲はメンバーの伊藤銀次。

前にも紹介した伊藤銀次さんの「POP FILE RETURNS」、昨年暮れに更新されていたものをようやく聴くことができました。ゲストはナイアガラ・トライアングルVol.2のひとりの杉真理さんと、達郎さんとのつながりの深い村田和人さん。大瀧さんとのつながりのある3人でわいわいがやがやと話をしたり曲を歌ったりと、とっても楽しい内容。特に、3人、あるいは2人でいっしょに歌った曲はどれも本当に素晴らしいものでした。埋もれさせておくのはあまりにもったいない。

もちろん「幸せにさよなら」も歌われました。3人のハーモニーが見事です。
曲を書ける前に銀次さんからこの曲に関するエピソードが少し語られたのですが、知らない話も出てきてちょっとびっくり。それは「幸せにさよなら」のタイトルにまつわる話。

ところで 「幸せにさよなら」は、もともとは「想い出にさよなら」というタイトルで、これはナイアガラ的には有名な話。その「想い出にさよなら」が生まれたのは1974年の正月。その前に大瀧さんと銀次さんとの出会いから。
大瀧さんが銀次さんと初めて出会ったのは1972年の12月。その月の終わりには大瀧さんがいたはっぴいえんどが正式に解散しています。翌1973年は銀次さんのいたごまのはえのデビューのための猛特訓の日々が続きます。特訓中にごまのはえは解散してメンバーも入れ代わって新たにココナツ・バンクというグループとなり、9月21日に行なわれる『City』というコンサートに向けて猛特訓は続きます。そのたった一日の休みの日にたまたま銀次さんたちが行った高円寺の喫茶店で達郎さんの自主制作盤を聴いて、だれだこいつは!ってことになって大瀧さんと達郎さんが出会うことにもなるんですね。
で、例の9・21のコンサートも終わり、いろんなことが一段落して銀次さんは1974年の正月に大阪に帰省。そのときにできたのが「想い出にさよなら」という曲。

『KAWADEムック 増補新版 大瀧詠一』の最後に載っている年譜を見ると1974年の最初にこんなことが書かれています。

正月 伊藤銀次「いい曲ができました」と言って「想い出にさよなら」をもってくる

銀次さんは結構自信があったんですね。でも、この曲は日の目を見ることなく2年ほどの歳月が過ぎます。1974年には大瀧さんはCMソングの制作などで忙しくなり、1975年には自身の『ナイアガラ・ムーン』、それから達郎さん率いるシュガー・ベイブの『SONGS』の制作にかかりっきりになります。この間、銀次さんのココナツ・バンクは解散。銀次さんとしてはさびしい日々が続いていたわけです。

でも大瀧さんは「想い出にさよなら」を忘れてはいなかったんですね。
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by hinaseno | 2016-01-02 14:47 | ナイアガラ | Comments(0)