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明日はいよいよ...


いよいよ明日は、おひさまゆうびん舎での世田谷ピンポンズさんのライブ。
ピンポンズさんの歌を生で聴くことができるんですね。
二部構成なのでどうなるかはわかりませんが、あの木山捷平の詩に曲をつけていただいた「船場川」が聴けたら最高です。それを聴く場所はおひさまゆうびん舎でなくてはなりませんでした。
「船場川」といえば、来場者の特典として「船場川」のCDRを作っていただいたとのこと。しかも2曲入り。すごすぎます。もう1曲はいったい何なんでしょうか。
それからピンポンズさんの覆面本も気になります。吟味する間もなくあっという間に売り切れそうですが。
というわけで久しぶりに心ウキウキわくわくです。

ところで、世田谷ピンポンズさんのサイトにアルバム『紅い花』への又吉直樹さんからのとても素敵なコメントが載っていました。
又吉さんは「世田谷ピンポンズさんのCDを自力で見つけた」とのこと。だれかに紹介してもらったというのではなく、たまたま発見したということですね。「この人は、恐らく僕のことを馬鹿にしたりしないだろうと思った」という言葉にぐっとくるものがありました。ということでここにそのコメントの全文を引用させていただきます。

生きていると、夢が出来たり、好きな人が出来たりする。そのような、人生を彩る様々な要素は同時に自分を苦しめる刃にもなる。
理想を実現出来ない苦しみ。実現出来ても継続する苦しみ。そして、それを失った時の苦しみ。失望、挫折、幻滅、虚脱、消沈、絶望…、救いようのない感情を表現する言葉は挙げだすと切りがない。
それに比べて「希望」に類する言葉は数が少ない。どうした? と思う。僕は下北沢のディスクユニオンで、世田谷ピンポンズさんのCDを自力で見つけた。
アルバムに『都会、なんて夢ばかり』という文字が書いてあった。「あっ」と思った。
諦観している人間ならば、わざわざ目立つ所にそんな言葉を置いたりしない。
煩悶している、だが決して諦めていない人間の言葉だと思った。
この人は、恐らく僕のことを馬鹿にしたりしないだろうと思った。購入してすぐに聴いた。
僕を諭すわけでも、叱るわけでもなく、寄り添わせてくれる詩とメロディーだった。
それから、僕は世田谷ピンポンズさんのファンになった。

そして、今作『紅い花』。本当に素晴らしい。
今まで通り、僕達を見放さず静かに寄り添わせてくれる。そして、ここに並んだ曲達は我々の生活と並走しながら、日々の些細な喜びや、人生における平凡であることの尊さを思い出させてくれる。
そういえば、珈琲は美味しかったし、春の訪れは心も軽やかになる。
そして、夜景の灯りは命の数だ。自分と同じように生きている人がいたことを思い出す。
「女々しい思い出なんて消ゴムのカスみたいに そこらの埃と一緒に飛ばしてしまいなさい」という激しい言葉は泣くように唄ってくれる。
聴く者と共に泣いてくれるかのように唄ってくれる。よし、わかった。自分も生きようと思う。
アルバム『紅い花』を聴いていると、現実逃避では無く、人生の苦しみも哀愁も愛でることが出来そうな気がする。
自分のような人間でも、「美しく生きていきたいな」と思わせてくれる。
世田谷ピンポンズさん、素晴らしい音楽を、ありがとうございます。

又吉直樹(ピース)

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by hinaseno | 2015-11-06 12:49 | 雑記 | Comments(0)