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1995年の大瀧詠一(最終回)


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もしも大瀧さんを愛する人たちが本を出版することになって、そこに僕が何かを書くことになったとすれば、たぶん僕は「ナイアガラ双六」について書くだろうと思います。「ナイアガラ双六」に示された「始まりが終わり・終わりが始まり」という〈認識〉あるいは〈視点〉にこそ大瀧さんという人間が最もよく表れているように思うので。
ひとつはっきりと言えることは大瀧さんにとっての「終わり」は〈断絶〉を意味するのではないということ。ここだけは押えておかないといけないですね。

1995年は、大瀧さんにとって再始動の年であったことは間違いありません。それまでの10年間が嘘のように、この年(あるいはこの年にすることのために前年の後半くらいから)大瀧さんは目に見える形で数多くの仕事をしています。渡辺満里奈さんの「うれしい予感」と植木等さんの「針切じいさんのロケン・ロール」を書いたあと、それぞれのアーティストのアルバムの制作をするかたわらに驚くような量の仕事を。おかげで1995年のうちには出る予定だったはずの満里奈さんのアルバムは翌年にずれ込み、しかもアルバムのために書き下ろした大瀧さんの曲は1曲もないというミニアルバムになってしまいました(最高に素敵なアルバムですが)。

さて、1995年の大瀧さんの「始まり」はこれでした。
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『レコード・コレクターズ』という雑誌の新年1月号。特集はキャロル・キング。この特集で大瀧さんが6ページにもわたるかなり長い記事を寄稿しています(特集の記事を書いた5人の執筆者の中で一番長い)。記事のタイトルは「日本のポップスの歴史とキャロル・キング」。
その記事にも書かれていることですが、大瀧さんがソロになったときの最初のシングル「恋の汽車ポッポ」はキャロル・キングの「ロコモーション」へのオマージュ。初めてのDJ番組である「ゴー!ゴー!ナイアガラ」の第一回目の放送はキャロル・キングの特集。そして、大瀧さんの復活(?)のアルバム『ロングバケーション』で最初に生まれた曲「カナリア諸島にて」も、キャロル・キングの「ゴー・アウェイ・リトル・ガール」のコード進行を使ったもの。
つまり「始まり」は必ずキャロル・キングなんですね。

ただし、この長い記事、キャロル・キングのことが語られ始めるのは4ページ目の後半。それ以前で語られているのは「日本のポップスの歴史」。
記事の最後はこんな言葉で締めくくられています。
キャロル・キングの影響が、自分を含めての、日本の音楽にどのように及ぼされ、受け継がれ且つ消えて行ったかを調べることに意義があると感じる、95年のカナリア初頭ではあります。

考えてみると、5夜にわたって「日本ポップス伝」が放送されたのも、この1995年の8月でした。1995年の最も大きな仕事はこの「日本ポップス伝」であったことは、最近になってわかったこと。1995年にNHK-FMで放送された「日本ポップス伝」は現在YouTubeですべて聴くことができます。
日本ポップス伝 第一夜
日本ポップス伝 第二夜
日本ポップス伝 第三夜
日本ポップス伝 第四夜
日本ポップス伝 第五夜
さて、1995年には「うれしい予感」のプロモーションの意味合いもあって、かなり多くの雑誌のインタビューにも答えていますが、その中のひとつ、1995年発売の『月刊レコパル6月号』では、『イーチタイム』以降にしていた仕事を「お墓建て」、自らを「墓堀職人」と表現してこんなことを語っています。
日本のポップス界には、お墓を建てる人がいなかった。売れているときだけワーッとやって、それが終わったら、振り返らないのね。本当は、誰か他の人がやってくれればよかったんだけど、乗りかかった船だからいろいろやってきて、今回、ようやっと、自分のお墓を建てたんです(笑)。解説でも洗いざらいすべてについて書いて、説明もしたし。

「自分のお墓を立てた」というのは、1995年と1996年にリリースされた旧譜(全部で8枚+大瀧さんの提供曲を集めた『大瀧詠一 SONGBOOK 2』)のリマスタリングとその膨大な解説。この解説を全部集めたら一冊の本になるようなすごい量。僕が大瀧さんの曲について調べるときには、まずこのときの解説を参考にします。

お墓を建てるというのは、きちんとした形にして終わりにすること。自分自身の歴史を振り返る作業=日本のポップスの歴史を研究する作業をずっとやってきて、それをようやく形にしたのが1995年。新たな活動の始まりが「終わり」というのが、なんともナイアガラ双六的ですね。

というわけで、本当は満里奈さんがマリナーズのジャンパーを着ている写真を発見したあたりで、話を終えるつもりでいたのに、長い話になってしまいました。
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by hinaseno | 2015-09-07 15:53 | ナイアガラ | Comments(0)