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by hinaseno
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1995年の大瀧詠一(その14)


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終戦の日に日本映画専門チャンネルで植木等主演の幻の映画『本日ただいま誕生』(1979年)が放送され、ようやく録画していたものを見ました。本当に素晴らしい映画で、強く心を打たれるものがありました。
植木さんの主演する映画といえば無責任シリーズなどでの破天荒な役柄が思い浮かびますが、この『本日ただいま誕生』は終戦の日に放送されたということからもわかるように、戦争で両足を失って日本に戻ってきて最後には僧侶になった男の人生を描いたもの。
この映画、植木さんが原作を読んだときから映画化に強い意欲を持ってとりくんだにもかかわらず、いろんな事情から撮影も難航。1979(昭和54)年6月23日に封切だったとのことですが、実際に上映された映画館はほんのわずかだったようです。
植木等さんとも近い関係にあって(植木さんの主演映画の台本の手助けもされていた)小林信彦さんの『植木等と藤山寛美』(新潮社 1992年)をみても、『本日ただいま誕生』のことには一切触れられていません。

クレイジー・キャッツは1960年代にはものすごい人気だったようですが、70年代に入ると人気は急落。メンバーはそれぞればらばらに活動するようになったようで、70年代後半には植木さんは劇場で演技するようになっていました。
『植木等と藤山寛美』にはこんな記述があります。
1977年に東宝宝塚劇場で演じた『王将』の主役は、作者である北条秀司の指名といわれるが、当時のぼくはまったく芝居を観ていない。小説を書くのに精一杯で、余裕がなく、誰が何を演じているという情報にも疎かった。

『植木等と藤山寛美』の「植木等とその時代」の最終章は「サウンドの評価と復活」。この「復活」に関する話のほとんどは、大瀧さんに関する話。植木さんやクレイジー・キャッツの復活に深く関わっていたのが大瀧さんだったんですね。

そういえば1976年の暮れに放送された「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のクレージー・キャッツ特集のゲストは植木等さんでした。YouTubeにもありました。



大瀧さん、いつもは最初に「日本一の〇〇男」と自己紹介するのですが、この日だけは「日本”二”の無責任男」と自分を紹介しています。
おそらくこのときが植木さんとの初対面のはず。以後、いろんな形で交流を重ねていって植木さんの信頼を得るようになったんでしょうね。それゆえの復活の手助け。まあ、大瀧さんとしては復活の手助けをしようなんて意識はさらさらなくて、子供の頃からの大ファンである植木さんといっしょに仕事ができるということでうれしくて仕方がなかったでしょうね。

1990年には(たぶん大瀧さんのバックアップのもとで)『スーダラ伝説』を発売。解説は大瀧さんが書いています。で、その年の紅白に植木さんが出場して「スーダラ伝説」というメドレーを歌いました。「復活」の象徴的なシーンですね。



話は『本日ただいま誕生』のことに。
日本映画専門チャンネルで、最初にこの幻の映画の予告を見てそのタイトルを目にしたときに、瞬間的に聴き覚えがあると思いました。どこかで大瀧さんが語っていたはずだと。大瀧さんは『本日ただいま誕生』を見たという話だったのか、ただその言葉だけだったのか。
1976年の暮れに植木さんに会って、大瀧さんの中でクレイジー熱が再燃して、そのあと植木さんの活動を追ったことは間違いのないはず。大瀧さんほどのリサーチ力があれば絶対に『本日ただいま誕生』の情報を得ていただろうし、きっと当時それを見たような気がします。
というわけで、大瀧さんが『本日ただいま誕生』について語った言葉を探すために、8月頃からいろんなものを聞き続けていますが見当たりません。いったいどこで語っていたんだろう。

そういえば1990年発売の植木等さんの『スーダラ伝説』の大瀧さんの(厚家羅漢というペンネームで書いています)解説を読んだら、最後にこんなことが書かれていました。
メドレーを聞き終えて感じるのは、この曲が大流行したこの頃が、大人の歌を子供が歌った最後の時代であった、ということだ(この後の子供は自らの成長と共に、GS、フォーク、ロックと自前の音楽を持つことになる)。「お富さん」を歌った小学校時代、「スーダラ節」を歌った中学時代、どちらも親に「そんな歌、歌うんじゃありません!」と叱られたが、今では子供の歌「踊るポンポコリン」を親が歌い、ムスメに「こんな歌を歌う父が……、かわいい」とリハウス調にいわれる時代となり、参議院だけではない〈ネジレ現象〉が生じている。こどもに〈カワイイ〉といわれる努力を親がしているのが現代とすれば、このような大人になれ!!! と逆説的に説いた植木等は、最後の〈子供の教育者〉であったかもしれない(ということは、最初の〈大人の教育者である子供〉は〈ちびまる子〉ということだろうか?!)。

なんと『ちびまる子ちゃん』の主題歌の話が出てきます。『ちびまる子ちゃん』は1990年にテレビ放送開始。そのときの主題歌は「踊るポンポコリン」でした。この5年後にその番組の主題歌をつくり、その1曲を植木等さんに歌ってもらうことになるなんて、このときにわかるはずはないですね。

『本日ただいま誕生』を見ていたら隅田川を船で下るシーンが出てきました。背後に見えるのは勝鬨橋ですね。
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植木さんのそばにいるのは宇都宮雅代さん。大岡越前の奥さんですね。子供心に綺麗だなと思った最初の女の人でした。小学校の時から宇都宮雅代という名前はしっかりと覚えていました。
『本日ただいま誕生』では、植木さん演じる主人公がいろんなことに絶望して自殺をするためにカミソリを持って川に入水するシーンがあります。でも、結局死にきれず髪を剃って僧侶となることを決心。そのときに映画のタイトルである「本日ただいま誕生!」と叫びます。映画の最も印象的なシーンのひとつ。
あの川は荒川放水路でしょうか?
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by hinaseno | 2015-09-03 15:07 | ナイアガラ | Comments(0)