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1995年の大瀧詠一(その4)


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長嶋さんが監督として復帰する前から、そして復帰してからも大瀧さんが追い続けていた一人の野球選手がいました。それが1990年代初頭に最も「ポテンシャルの大きい」存在であったことを誰しもが認める選手、野茂英雄でした。

野茂英雄に関してはラジオデイズの「大瀧詠一的2008年(3)」で、とても興味深い話がなされています。久し振りに聴き返していたら、野茂の話の後に成瀬の『おかあさん』の話もされてびっくり。
話のきっかけは大瀧さんの映画のアーカイブのこと。膨大な量の映画を録画したきっかけが野茂英雄だったんですね。こんな話をされています。
野茂投手が近鉄に入ってきたときに、久しぶりにこの投手をナマで見ておかなければならないと思ったのよ。で、西武球場に来て清原選手と対決するということで、僕、全試合通ったんです。清原・野茂対決。名古屋にも行ったし、川崎球場にも行った。最終戦(注:これは有名な10.19ですが、野茂が近鉄に入団する前年)。で、ドームでやるときもあって、そのときも行ったけど、とにかく行った。
でね、野茂英雄というのを見ておかないと、野球ファンとしてダメな気がして。で、清原選手との対決を。また、西武と近鉄はあの当時の選手はメジャーに入れてもいいくらいの両方ともすごい充実したものすごい強いチームだった。セリーグの、お嬢さん野球って言われたけど、セリーグの野球が面白くなくなったのね。で、パリーグを見だしたときに、その近鉄のあれで...。
で、西武球場は見に行くんだけど、藤井寺球場は見られないわけよ。テレビでやってないから、野茂投手の。
いいアイデア。
衛星のアンテナ立てたのよ。向こうにChannel-Oというのがあって。で、そこで藤井寺球場の近鉄戦やっているの。録画してんのいっぱいあるけどね。そのためにアンテナを立てたわけ。
それでチューナーをいろいろやってたら映画が飛び込んできて。日活映画とか、松竹映画とか、ボーンと飛び込んできて。これはいいと思って。それで見始めたんですよ。

というわけで、大瀧さんは1990年代のはじめ、普通の人ではとてもできないような方法を駆使して、近鉄の野茂を追い続けていたわけです。でも1994年の暮れ、たぶん日本じゅうが長嶋巨人の日本一にわきかえっていた時期に野茂は近鉄との契約交渉が難航し、かなりのゴタゴタの末にメジャーリーグの道に進むことになります。

大瀧さんはその時期、ある曲のレコーディングにとりかかったばかりでした。翌年の1月にテレビ放送が再開する『ちびまる子ちゃん』のテーマソング。その曲のコーラス・アレンジをしたのは山下達郎。大瀧さんが達郎さんにコーラス・アレンジを頼んだのは巨人が日本一になった翌日。大瀧さんの動きが長嶋巨人とリンクしていたことがよくわかります。で、レコーディングをしながら大瀧さんは野茂の動向をチェックしていたに違いありません。
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by hinaseno | 2015-08-21 12:15 | ナイアガラ | Comments(0)