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淀橋浄水場から見たアドバルーンのある風景


山高登さんの『東京昭和百景』の中に収められた絵の中に小さくアドバルーンが描かれていました。
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作品のタイトルは「Y浄水場西門」。
絵が描かれたのは2000年。でも、これはもちろん山高さんの記憶の中の風景。手前の木の扉からビルの建ち並ぶ方向を見ているのが大正15年生まれの山高少年。小学校低学年のようです。つまり、ここに描かれているのは、たぶん東京の空にアドバルーンが上がり始めた昭和6年から8年頃の風景。

Y浄水場というのは新宿にあった淀橋浄水場。今は新宿副都心となって高層ビルが建ち並んでいる場所ですね。作品の解説には山高さんのこんな言葉が書かれています。
浄水場の裏に小さな木戸があり、私はここを通るたび扉に付いていた小窓を押し上げて広い貯水池を眺めるのが好きだった。季節が変わるたび水鳥が飛来し、遥か遠くに新宿の街が蜃気楼のように浮かんで見えた。浄水場越しに映画街に上がるアドバルーンが見え、そこに書かれた映画の題名をかすかに読み取ることができた。

残念ながら、画集で見る限り映画のタイトルは読み取れませんでした。
そういえば鈴木信太郎の「東京の空」に描かれたアドバルーンには「しかも彼等はゆく」という映画のタイトルが書かれていました。
山高さんの木版画展には「Y浄水場西門」も展示されているんでしょうか。もし、どなたか行かれて映画のタイトルが読み取れたら教えて下さい。

ところで、川本三郎さんの『いまむかし 東京町歩き』の「淀橋浄水場」を見るとちょっと興味深いことが。
 淀橋浄水場は明治政府の国家事業として位置づけられた。基本構想をまとめたのが明治二十一年に発足した内務省の調査委員会。七人のメンバーには永井荷風の父で、同省衛生局にいたことのある永井久一郎が名を連ねている。

へえ〜、ですね。
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by hinaseno | 2015-05-16 12:03 | 雑記 | Comments(0)