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by hinaseno

木山捷平が書いた、都会を舞台にした初めての小説(1)


木山捷平の『酔い覚め日記』に収録されている日記は昭和7年から始まっているので、それ以前からの知り合いである程度親しい関係にある人間は最初から名字しか書かれていないので、だれがだれやらです。まあ、これは木山さんの日記に限ったことではないけど。
長田恒雄の名前が最初に出てくるのは『酔い覚め日記』の1ページめ。昭和7年1月8日の日記。
 夜、倉橋宅で草野、長田にあい、後二人でダンスホール日米に行き二十分ばかり見物。はじめてなり。二人で銀座をあるき、新橋駅前「おとくさん」でおでんをくらいて別れたり。

「倉橋」というのは倉橋弥一、「草野」というのは草野心平。いずれも詩人。長田恒雄も草野心平を中心とする詩人仲間だったようです。

ちなみに前年に行なわれた『メクラとチンバ』の出版記念会の出席者の中に長田恒雄の名前もあるので、あの写真の中に長田恒雄もいるのかもしれません。

『酔い覚め日記』で次に出てくるのは2か月後の3月1日の日記。
長田宅「ノンシャラン」へ行き、赤ん坊を見る。どうもこの家庭は小生の心にぴったりせぬものあり。夫人と藤木宅「ル・ネ」に行く。

なんだか微妙な内容ですね。
次は野長瀬正夫について書いていた時にも触れた11月15日の日記。
 野長瀬来訪。『土の血統』をよみ感心してくれる。午後有楽町に津田君訪問。左奥の入歯をした、森、栗本君を実業ビルに訪問。神田杏雲堂病院に佐々木俊郎氏を訪問。野長瀬と会す。三省堂に長田、山本、倉橋と出逢う。神田日活にて野長瀬と活動を見る。

これからしばらくは長田恒雄の名前は日記に登場しません。あの草野心平ですら昭和8年3月17日の日記に「草野心平、新居格のところへ社の用事にて行きしと立ちよる。一年近くもあわないでいた」と書かれているくらいですから、小説を書き始めて以降、木山さんが詩の仲間とはあまり会わなくなっていることがわかります。
ところで、昭和8年5月17日の日記にはこんなことが。
 昼すぎ塩月君を訪う。小生過日たっつけた甲斐ありてか「海豹」すでに二十五頁くみて校正をしたる由。一緒にフユノに行く。マダムと雑談してありしに、長田のところ「ノンシャラン」にいた女の子園田ゑい子来る。九段のダンスホールにいる由。

どうやら長田恒雄の家は「ノンシャラン」という客商売の店をやっているようですね。でも、勤めていたのは三省堂。

次に木山さんが長田恒雄と会うのは電車の中。これはたまたまのようです。7月18日の日記。
電車の中で長田にあう。

興味深いのはこの2か月後の9月8日の日記。
この日は例の『海豹』に掲載された木山さんの3作目の小説「子におくる手紙」の書評が朝日新聞に載ったようで、それを日記に書き写しています。で、この日はかなり多くの人を訪ねています。きっとすごくうれしくて、書評が載った新聞と『海豹』を持っていろんな人に見せてまわったようでしょうね。
 神田の印刷所訪問。古木さんに一冊雑誌を送る。小学館で森本栄穂さんに逢う、岡山県児島郡出身の人。三省堂で長田、農林省に山本、内務省に佐伯を訪ねた。宝文館に行き会計で稿料三円をもらう。津田君訪問、今は歯科にいなくて営業の方に変っていた。森君不在。銀座明治製菓で偶然中谷、岡村政治君に逢う。帰りに三省堂で山本とあい新宿にかえり野長瀬の所で将棋をする。

名字しか書かれていない人も多くて、だれがだれやらですね。「古木さん」というのはこの時期の木山さんの日記に何度も出てくる古木鉄太郎。昭和8年の元日に、この古木鉄太郎の「ある日の散歩」という小説を読んでいます。『海豹』のメンバーではなさそうですが、この時期、木山さんとかなり親しい関係にあったことがわかります。小説を書き始めたときの先生のような存在だったかもしれません。

いろんな人に会う中で、三省堂でたぶん久しぶりに長田恒雄に会っています。もしかしたら長田恒雄はこのときはじめて木山さんが小説を書いていることを知ったかもしれません。
長田恒雄は木山さんから手渡された「子におくる手紙」を(もしかしたらそれ以前に書かれた「出石」、「うけとり」も)読んで、その場であったか、あるいはもう少し後に、木山さんに小説を書いてもらうように依頼したんだろうと思います。それは長田恒雄が編集者を務めていた『エコー』という三省堂から出していた雑誌のためのもの。
でも、このとき長田恒雄は木山さんにひとつの条件を出したはず。これまでのような東京からはあまりにも遠い田舎を舞台にしたものではなく、東京を、できれば三省堂のある場所を舞台にした小説を書くようにと。
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by hinaseno | 2015-05-07 12:17 | 木山捷平 | Comments(0)