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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno

「秋をけりけり」した友達、野長瀬正夫のこと(6)


木山捷平が野長瀬正夫に初めて会ったのは昭和4年の春のこと。
その日、遠地輝武という詩人(岡山出身のようです)の詩集出版記念会が神田の今川小路の料理屋で開かれて、木山さんはそこに参加したようです。その日は土砂降りの雨で、集まったのはわずか10人ほど。
ここからは「野長瀬正夫君と私」を引用しておきます。
...私ははじめてかうした会合に出たので、知つた顔はたゞの一人もなくどぎまぎしてゐたが、やがて小さなテーブルについて自己紹介がはじまつた。
 私の丁度左側に、色の黒い、顔の大きい一寸骨格の逞しく見える青年がゐた。青年はセルの着流し姿で椅子から立ち上がつて、
「僕は野長瀬正夫です。この間まで大和の山奥で小学校の校長をしてゐましたが……」
と弁じはじめた。私は多少びつくりして、青年の姿を見なほした。顔や肩の逞しい割合に、立つた姿を見ると、さうガンジョウといふ方でもなかつた。私はすぐ親しめた。
「君が野長瀬君ですか。僕、木山です。」
「君が木山君ですか。僕、野長瀬です。」
「僕は君の『教育文芸』に書いた「きちがひ女」の詩を覚えてゐますよ。あれはなかなかいゝ詩でしたね。」
「僕は君の今度出した『野』を松村さんに借りて見ましたよ。便所へ持つて行つて大きい声でよんでゐたら、ウンコが板にかゝりましたよ。松村さんもほめてゐましたよ。」
 松村さんもほめてゐましたよ。実はかういふ風に上手に江戸弁を使つたのではない。田舎言葉まる出しの、どもりのトツ弁が、かへつて美しい魅力であつた。
 話してゐるうちに、どちらも田舎の小学校(教師)を追ひ出され、私が三月の末に、彼が四月のはじめに上京したことが分つた。二人とも、出版記念会に出たのはこれが生れて最初であつた。そして二人とも、洋食の食ひ方を知らない詩人であつた。酒をガブガブのんで、おしまひには抱きあつたりして、
「よう、木山しつかりしろよ。」
「ばか、野長瀬、お前こそしつかりしろよ。」
とか 呶鳴り合つて、神保町の角で別れた。

野長瀬正夫が借りて読んだという木山さんの第一詩集『野』が出版されたのは昭和4年の5月の半ば。ということは、二人が出会ったのは五月の後半でしょうか。
木山さんと野長瀬正夫はすぐに親しくなったようで、昭和6年に開かれた木山さんの第二詩集『メクラとチンバ』の出版記念会には野長瀬正夫も出席しています。
これがその日の写真。
「秋をけりけり」した友達、野長瀬正夫のこと(6)_a0285828_11162773.jpg

真ん中のソファーに座っているのが木山さんですね。野長瀬正夫がどれだかよくわかりませんが、なんとなく最前列の、木山さんから向って3人目の着流し姿のかなり態度の悪い人のような気がします。
by hinaseno | 2015-05-03 11:17 | 木山捷平 | Comments(0)