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by hinaseno

早春の小田川(12)― 「もしほんとに自分の初恋の女であったとしたら」 ―


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吉備公館跡の近くで出会った老人に道を教えられた木山さんは山の麓づたいに国勝寺に向かいます。
 私は、村の郵便局のところから、右にまがって、鷲峰山の山麓にある国勝寺をたずねて、国宝の骨蔵器その他布目瓦や赤瓦の墓誌や和銅銭などを見せてもらった。

ここに郵便局というのが出てきますが、昭和21年の5万分の1の地図には郵便局の記号なんてありません。でも、山陽道から少し入った、ちょうど国勝寺へ向かう道の曲り角になんと郵便局がありました。建物は新しくなっていますが、たぶんむかしからその場所にあるはず。
こんなふうに木山さんの作品の中に描かれた小さなものを確認するのはたまらなくうれしいものがあります。

国勝寺はその郵便局から少し山を上ったところにあるはず、だったのですが、川沿いの道は徐々に急になって、すでに足の痛みがピークに達していたので、足を一歩前に出すのさえつらくなっていました。あとで地図を確認したらほんの数100メートルくらいの距離でしたが、永遠に辿り着かないのではと思ったくらい。でも、ようやく「國勝寺→」と書かれた小さな看板を発見。
最後の力を振り絞って坂道を上ったら、正面ではなくて横の駐車場のような場所に入ってしまっていました。
これがそのときに撮った写真。
早春の小田川(12)― 「もしほんとに自分の初恋の女であったとしたら」 ―_a0285828_1483410.jpg

なんだかソフトフォーカスがかかったような感じですね。どうやらスマホを取り出したときに手の汗でレンズが曇ってしまったようです。
でも、結果的にはいい雰囲気の写真となりました。ときどき写真を貼るときには少し手を入れるのですが、これはそのまま。

この国勝寺で木山さんは、ある女性と出会います。木山さんにとってはびっくりするような「偶然」の出会い。この女性との出会いによって、それまでの気鬱な気分から一変して明るい雰囲気となっていきます。そして、この「偶然」の出会いによって、いくつもの偶然の可能性を描いたのがこの「ねんねこ」という作品。
さて、「ねんねこ」はこう続きます。
 私のもとめを心よくいれて、応対してくれたのは、寺の梵妻であった。年は、三十を少し出ている筈なのだが、非常に快活なたちで、二十五、六のような印象をあたえた。寺僧は留守だということで、私は本堂のとなりの、ちょっと茶室のような部屋で、それをゆっくり見せてもらった。

木山さんはこの梵妻とすぐに打ち解けたようで、遠慮なくお互いのいろんな話をしたようで、こんな会話まで。
「それで、こちらさんは、お子供さんは何人おられますかな」
「三人です。大きいのは、もう中学校へ行っております」
 梵妻と私とは、国宝を前において、こんな話をとりかわした。話をしているうちに、この梵妻は私の妹と、そこから五、六里はなれた町の県立女学校の同級生であったことがわかったのである。私は自分の妹とは、もう二、三年あわないでいるが、梵妻は女学校を卒業したきり一度も逢わないというから、私もしぜんにそんな気がして、不思議なしたしさがわいた。

で、この後に続く部分。木山さんにはめずらしくロマンチックな言葉が続きます。
私は、なにかみちたりたような気持で、しずかな山門を出た。そうして石の段々をくだって、国道の乗合自動車の待合所の方へあるきながら、何故か初恋の女にでもあってかえるような、気がするのであった。
 いや、そう言っては、少し言いすぎかも知れない。私はしょせんは、陽気な梵妻のしんせつにほだされただけである。しかしやっぱり、その親切な梵妻が、自分の妹と同級生だったという偶然なことがらが、――もしほんとに自分の初恋の女であったとしたら、どんな『おもしろい物語』ができるであろうか、などと空想がわくのであった。

ちょっと感傷的な気持ちになりかけていながら、小説家として『おもしろい物語』の題材にならないだろうかと考えているところに、まだ、完全な小説家になりえていなかった木山さんの姿を見ることができます。

ここに登場する「梵妻」が今もご存命であることはありえないにしても、何らかの出会いがあるだろうかと思って、木山さんがくだった石段ではなく、横の入り口から本堂に向かいました。
by hinaseno | 2015-04-08 14:10 | 木山捷平 | Comments(0)