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ドリフターズ特集(その3)―ベン・E・キング


スコラでの坂本龍一さんとの対談では、クライド・マクファター&ザ・ドリフターズの「Such A Night」をかけたあと、ドリフターズの話がもう少し続きます。
ドリフターズっていうのはものすごく人気があって、そのあと60年代も活躍するんですけれども。リード・ボーカルがしょっちゅう変わって、そのあとベン・E・キングという人がリード・ボーカルになってソロになるとか。これもミュージカルっぽいような気がするんですよ。主役が何人も変わってロングランするっていうスタイル。アメリカの基本のショー・ビジネスのスタイルがあって。日本の場合は4番がいなくなったらチームが負けとかリード・ボーカルがいなくなったらそれは消滅するような...。東映の映画も、市川右太衛門ひとりしか入っていないんだから。あれだけの人数だからなんとかしろよといつも思ったんですけどもね。だれかいないのかな...これがいないんだよなぁ。こりゃ勝負にならないなと思いましたけどね。このドリフターズというひとつの組織を見てるとそういうのを感じましたけど。

ドリフターズという”グループ”ではなく”組織”と表現しているところが興味深いですね。というわけでベン・E・キングがリード・ボーカルだったときのドリフターズの曲を。
時代は5年ほど下って1959年の曲。この日にも紹介した「There Goes My Baby」。ポップ1位、R&B2位の大ヒット。



さらに「Dance With Me」。



次がジェイ&アメリカンズのカバーでも有名な「This Magic Moment」。曲を書いたのはドク・ポーマスとモート・シューマン。大好きな曲です。



で、そのポーマスとシューマンによるドリフターズの最大のヒット曲が「Save The Last Dance For Me」。ポップ1位、R&B1位。邦題は「ラストダンスは私に」。ビートルズの「ヘイ・ジュード」の元歌ですね。



この最大のヒット曲の後、ベン・E・キングがグループから突然脱退。原因はお金の問題だったようです。人気絶頂の状態のとき、突然リード・ボーカルを失ったドリフターズに新たにリード・ボーカルとして入ったのがルディ・ルイスでした。こういうの、言葉でいうのは簡単ですが、やはりとても日本人には考えられないことですね。
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by hinaseno | 2015-03-21 10:21 | ナイアガラ | Comments(0)