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by hinaseno
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ドリフターズ特集(その1)


「ドリフターズ特集」って、なんともあっさりしたタイトルですが、本当は「いかりや長介がリーダーだったドリフターズも知らない人達が多くなったこの時代にルディ・ルイスがリード・ボーカルだったドリフターズについて語ること(その1)」というタイトル。でも、さすがに字数が多すぎて駄目でした。

Aceから出たキャロル・キング&ジェリー・ゴフィン・ソングブックを聴いていたら、また「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のキャロル・キング特集を聴きたくなってしまって聴き返しました。
いったい何度聴くことになるんでしょうか。汲めども尽きぬ、ですね。

この記念すべき第1回目の放送のとき、大瀧さんは「後々〜の特集を組みたいと思っています」という発言を3度しています。
シレルズの特集、ドリフターズの特集、そしてリバティ・サウンドの特集。
このうち実現したのはリバティ・サウンド特集だけ。シレルズとドリフターズの特集は結局実現しませんでした。もちろんそれぞれのグループの曲は後々たくさんかかっていますが。

ぜひ実現してほしかったなと思うのはドリフターズの特集。
実際には一度だけドリフターズの曲ばかりかけた日がありました。リーバー=ストーラー特集の第4回目。この日、リーバー=ストーラーが作曲またはプロデュースしたドリフターズの曲をかけています。
ただし、第1回目の「ゴー!ゴー!ナイアガラ」のときに、後々大瀧さんがやろうとしていたのはもう少し違った形のものでした。
それはリード・シンガー別のドリフターズの特集。

ドリフターズ、と一言で言ってもその歴史は長く(今もドリフターズという名のグループは存在しているようです)、メンバーも激しく入れ替わっています。ドリフターズという名前があるだけという感じ。でも、このドリフターズという名前のグループのもとに、1950年代の後半から1960年代の前半にかけてリーバー=ストーラーをはじめとして優れたソングライターが素晴らしい曲をいくつもかいているんですね。ずっと以前の新春放談かなにかで、ドリフターズはポップスの教科書だって大瀧さんが発言されたことがありましたが(当時はなんのこっちゃでした)、たくさんの曲を聴いてきて今はその言葉の意味がよくわかります。といってもドリフターズのリード・シンガーとして知っているのは結成時のクライド・マクファター、そして全盛期のベン・E・キングだけでしたが。

大瀧さんは第1回目の放送のときに、ドリフターズの別のリード・シンガーの話に触れていました。その日かかった「Some Kind Of Wonderful」と「Up On The Roof」はルディ・ルイス、「When My Little Girl Is Smiling」はチャーリー・トーマスだと。で、他にもクライド・マクファター、ベン・E・キング、ジョニー・ムーアなどがリード・ボーカルだったことを紹介して、後々、リード・シンガー別のドリフターズの特集をしたいと言われたんですね。でも結局、実現しませんでした(もしかしたら「アメリカン・ポップス伝」で予定されていたかもしれません)。

というわけで、リード・シンガーごとのプレイリストを作っておもだった曲を入れる作業をしました。
で、わかったことは、僕が最もよく聴いていたドリフターズの曲のリード・シンガーはルディ・ルイスだったということ。もし「ゴー!ゴー!ナイアガラ」で(あるいは「アメリカン・ポップス伝」で)ドリフターズの特集をしていたならば、きっと大瀧さんも一番語られたのはルディ・ルイスだったはず。

ところでこの放送のあった1975年といえば、日本のコメディアンであるドリフターズの全盛期。『8時だヨ!全員集合』の視聴率が50%くらいあった時代。
日本でドリフターズといえば、当時日本人のほぼ100%の人がコメディアンの、つまりいかりや長介がリーダーだったドリフターズを思い浮かべたはず。でも、大瀧さんはこの日の放送では、チョーさんにもカトちゃんにも一切触れずアメリカのヴォーカルグループのドリフターズの曲を紹介しています。

サービス精神にはあふれているけど、全然媚びていないのが何とも潔くてかっこ良すぎます。
ちなみに日本のコメディアンのドリフターズで僕が一番好きだったのは荒井注でした。
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by hinaseno | 2015-03-19 12:44 | ナイアガラ | Comments(0)