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by hinaseno
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はっぴいえんどの終わりの日はナイアガラの始まりの日で、宮沢賢治の命日


前回貼った音源を聴いていただければそこでほとんど語られていますが、一応「深南部牛追唄」の歌詞について説明しておきます。
その前に、改めて「深南部牛追唄」の歌詞を。

俺らはな
生まれながらの牛追だ
朝も早よから腰弁下げりゃ
牧場の乙女はにんまり笑う

俺らはな
牛追い仲間じゃ人気者
どこまで続くかこの人気
おら知らね 牛に聞け

俺らはな
千葉の姉ちゃんと乳しぼり
賭た命を笑わば笑え
これが牛追の生きる道

2人はなあ
別れ別れになる運命
たとえ離りょと互いの胸に
又の会う日を目と目で誓う

大瀧さんと銀次さんと布谷さんの3人でいろんなところからネタを引っぱってきて、それでも一応、牛追いの物語になるように仕上げてるんですね。アイデアの中心にあったのは布谷さんと大瀧さんが大好きな三橋美智也の曲。曲の最後には、歌詞カードには書かれていませんが「達者でナ」が出てきます。

曲の最初は三橋美智也「俺ら炭坑夫」の出だしのこの歌詞。

おいらはナァ
生まれながらの 炭坑夫

この「炭坑夫」を「牛追だ」としたわけですね。これに続けて三橋美智也の「常磐炭坑節」のこの歌詞。
ハアー朝も早よからカンテラ下げて

でも牛追いはカンテラ下げないな、じゃあ、何下げるんだと言ったら布谷さんが「腰弁!」。

次は岡本敦夫の「高原列車は行く」のこの部分。

汽車の窓から ハンケチ振れば
牧場の乙女が 花束なげる

牛追いに花束投げるのは変だなと大瀧さんと銀次さんがつまったときに布谷さんが言ったのが「にんまり笑う」。これで1番が出来上がり。

2番に入っているのは当時流行っていたギャグ。
「いつまで続くかこの人気」は 月の家圓鏡、「おら知らね 牛に聞け」は漫画トリオからとっているようです。どちらも知りません。

3番はまずその時期に大瀧さんが凝っていたというストレートコンビのギャグからスタート。「千葉の女が乳搾り」というギャグがあったようですが、このギャグもストレートコンビもしりません。
で、これに続くのが村田英雄の「王将」。

吹けば飛ぶような 将棋の駒に
賭けた命を 笑わば笑え

これはそのままとっていますね。
続けて植木等の「これが男の生きる道」。「男」を「牛追」に変えています。

で、最後の4番。せっかく人気が出て、いっしょに牛の乳搾りまでしてくれる女性ができたのに別れがくるんですね。きちんと物語になっています。
4番の歌詞に使われているのが岡晴夫の「啼くな小鳩よ」。

啼くな小鳩よ 心の妻よ
なまじ啼かれりゃ 未練がからむ
たとえ別りょと 互いの胸に
抱いていようよ 面影を

この「たとえ別りょと 互いの胸に」を「たとえ離りょと互いの胸に」と歌詞を少しだけ買えて入れています。
わかっているのはこれだけ。きっと他にもあるんでしょうね。

さて、歌詞はできあがったものの、はたしてこれを実際に布谷さんが歌って、レコーディングするのかという問題があります。布谷さんは本来ブルース・シンガーで、そのときまでは(おそらく)真面目なブルースしか歌っていなかったはずですから、この歌詞で布谷さんが本当に歌うのかどうか銀次さんは心配だったみたいです。
でも、大瀧さんが「布やん、出来たよ!」と歌詞を書いたものを渡したら、布谷さんは何の疑問も抱くことなく歌い出したようです。しかも例の「だじゃ」をはじめとしてアドリブ連発で。

布谷さんの『悲しき夏バテ』のレコーディングを終えた後の9月21日、大瀧さんと伊藤銀次さん率いるごまのはえ改めココナッツ・バンクは実質的にはすでに解散していたはっぴいえんどのメンバーが一堂に会した『City Last-Time Around』に出演します。
この1973年9月21日について大瀧さんはこんなことを語っていました。

9月21日はナイアガラの始まりだったんだよ。はっぴいえんどの終わりの日はナイアガラの始まりの日で、宮沢賢治の命日だからね、言っとくけど。9.21は3.21とともにナイアガラ日だったんだな。

この9月21日に向けて猛特訓していた日々の中で生まれたのが達郎さんとの出会いであり、布谷さんの「深南部牛追唄」でした。
大瀧さんにとってはこの曲の達成感は計り知れないものがあったようで、これができたからこそ、あの「ナイアガラ音頭」が生まれたことはいうまでもありません。
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by hinaseno | 2015-01-19 13:04 | ナイアガラ | Comments(0)