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by hinaseno
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「ブルースといえば、”ディープ・サウス”。ディープ・サウスを日本語に訳すと、”深南部”」


大瀧さんは「二人のブルース」をレコーディングするためのオケづくりを始めます。オケを作った場所は福生のスタジオでしょうか。
バックのミュージシャンは福生にやって来て間もない伊藤銀次さんがリーダーのごまのはえ。演奏の中心はギターの伊藤銀次さんとドラムの上原裕(ユカリ)さん。
でも、この演奏ではちょっと殺風景ということで、大瀧さんは以前「あつさのせい」でピアノを弾いてもらった松任谷正隆を呼ぶことを思いつきます。
ここからは大瀧さんの言葉。
で、彼がオケ聴いたら、”今、ラグに凝ってんだけど”と言うわけ。で、ギター外して、ベースとドラムだけ聴きながらラグにした。それからラグに合わせたギターのフレーズを考えて、コードもメジャーにしちゃった。そしたら「二人のブルース」って歌えないのよ。さあ、どうしたらよかんべって。

ここで、銀次さんの言葉。
この曲のオケが録れて歌入れをする時に、大橋のポリドールのスタジオで僕と大瀧さんと布谷さんの3人で行ったら、前のスタジオ(を使っていた人たち)が押して待たされたんですよ。

で、再び大瀧さんの言葉。
ポリドールの食堂で銀次と布やんと3人で。それで、思いついた。ここは一発、ストーリー展開のあるノヴェルティ・ソングでいこうと。

このときのひらめきこそが後に数多く作られるナイアガラ・ソングの名曲のもとになってるんですね。しかもポイントはそこに3人いたこと。
大瀧さんの言葉はこう続きます。
...思うもののだよ、ネタがない。それでまあ「二人のブルース」だから、ブルースといえば、”ディープ・サウス”。ディープ・サウスを日本語に訳すと、”深南部”。ん? 岩手県に「南部牛追唄」っていうのがあるなあ。故郷に戻ったんだよ。故郷の新民謡を作ろうと。深南部の牛追唄というストーリーにしようと。牛追いだから、カウボーイ・ソングなんですよ。そうか、「深南部牛追唄」ってカウボーイ・ソングなんだってそのとき気がついた。

前にも言いましたが、大瀧さんが生まれ育ったのは南部藩と伊達藩の境界線に近い辺り。いってみればまさに南部藩の一番南の奥地。まさに深南部。つまり大瀧さんの生まれた場所を舞台にした曲を作ろうとしたわけですね。

ということで3人による歌詞の共作が始まります。で、できあがったのがこの歌詞。この歌詞のどの言葉をどこからとってきたのかはまた次回に。
俺らはな
生まれながらの牛追だ
朝も早よから腰弁下げりゃ
牧場の乙女はにんまり笑う

俺らはな
牛追い仲間じゃ人気者
どこまで続くかこの人気
おら知らね 牛に聞け

俺らはな
千葉の姉ちゃんと乳しぼり
賭た命を笑わば笑え
これが牛追の生きる道

2人はなあ
別れ別れになる運命
たとえ離りょと互いの胸に
又の会う日を目と目で誓う

後に大瀧さんは「深南部牛追唄」についてこんなことを言っています。
当時はこのような〈共作システム〉で何作か作られたものでした。その "極致" が布谷文夫の「深南部牛追唄」で、大袈裟に言うならこの曲は1曲だけで "ナイアガラ論文" が書けるほどの深みのある楽曲で "ナイアガラの真髄ここにあり!" というものです。

この言葉、実は今日ネット上で見つけました。どのメディアで話された言葉なのか確認できていません。もしご存知の方がいれば教えて下さい。
でも、大袈裟でもなく、「この曲は1曲だけで "ナイアガラ論文" が書けるほどの深みのある楽曲で "ナイアガラの真髄ここにあり!" 」だと思っています。

今日は布谷文夫さんの命日。この日に話を終えるつもりでしたが、まだ何回かは続きそうです。
僕もすっかりヌノラーになってしまいました。
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by hinaseno | 2015-01-15 11:51 | ナイアガラ | Comments(0)