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村山新治版『風の又三郎』のこと


映画『風の又三郎』についてもう少し。
『風の又三郎』はこれまで3度映画化(アニメは除く)されています。
最初が1940(昭和15)年に公開された島耕二監督のもの。一般的にはこれが最も定評があるようです。そういえば木山捷平が荒川小学校に勤めていたとき、最初に下宿していた家の親族の方が『荒川小学校百年史』にこんなことを書かれていたのを思い出しました。この日のブログを読むと、目が見えなくなったご本人の前で僕が読んであげていました。
建築が新しいのか同じ木造でも講堂はピカピカ。大きな桝目の天井、中央のシャンデリア? その講堂での映画会。白黒であったが、ラジオが村で数台の頃であってみれば楽しみだった。宮澤賢治の名は知らなかったが「風の又三郎」が今も心に残る。

この方が小学校に入学されたのが昭和12年。見たのはもちろん島耕二版のもの。映画が作られてまもなく、おそらく小学3年か4年頃に見たんでしょうね。

さて、大瀧さんが小学校3年生のときに学校で見たのが1957(昭和32)年に制作された村山新治監督のもの。
制作したのは東映教育映画部。東映教育映画部が作られたのは1955(昭和30)年。最初の作品はその年に制作された『ふろたき大将』。村山新治が監督としてデビューしたのはやはり東映教育映画部が1956(昭和31)年に制作した『わんぱく時代』。この次に村山監督が東映教育映画部で制作したのが『風の又三郎』だったようです。村山監督は同じ年に『二宮尊徳の少年時代』という作品も東映教育映画部で制作しています。
大瀧さんが見た『風の又三郎』もそうですが、東映教育映画部で制作されたものは劇場で公開されたのではなく、学校などで巡回上映されたようです。
村山版『風の又三郎』がDVD化されたのは2010年。ビデオ化もされていなかったみたいなので、長らく全く見る機会がない状態が続いていたわけですね。

それから『風の又三郎』は1989(平成元)年に伊藤俊也監督が制作したものがあるようです。ただしこちらは『風の又三郎 ガラスのマント』というタイトルで、ストーリーも原作とはかなり変えられているようです。

ところで昨年出た川本三郎・筒井清忠『日本映画 隠れた名作 昭和30年代前後』に村山新治の章がありました。この本では20人ほどの監督が取り上げているのですが、ほとんど知らない人ばかり。村山新治のこともこの本を読んではじめて知りました。

村山新治は川本三郎さんが好きな監督のようです。一番好きな作品が1961(昭和36)年の『故郷は緑なりき』。
この映画、川本さんが高校時代に見たきりで、ずっと見ていなかったそうですが、5年ほど前に新保町シアターで鉄道映画特集を川本さんがプログラミングしたときにこの『故郷は緑なりき』を選んだそうです。4回上映したけれども4回とも満席。終わった後には拍手が起こったそうです。
僕も鉄道映画が好きなので、見てみたいと思って調べましたが、まだDVDにはなってないようです。
川本さんによれば村山新治はなんといっても『警視庁物語』シリーズとのこと。このシリーズのうちの6本を村山新治が撮っているようです。
残念ながら『風の又三郎』については語られていませんでしたが、おそらく大瀧さんと川本さんが対談されたときに、村山新治の話も出たのではないかと思います。

そういえばこの『日本映画 隠れた名作 昭和30年代前後』のはじめの方で川本さんはこんなことを言われています。
あの番組(川本さんが解説を寄せている「日の当らない名作」シリーズのこと)は、古い日本映画が好きなミュージシャン、大瀧詠一さんのリクエストがかなり反映されている。だから、思いもかけない映画を放映します。ただ、タイトルがよくなかった。「日の当らない」としたために、映画会社にフィルムを借りに行くと、「日の当らない、そう思われたくないからイヤだ」と言われて、貸してくれなかったことがある(笑)。

大瀧さん、こんな働きかけをされていたんですね。村山新治版『風の又三郎』が数年前にDVD化されたのも、もしかしたら大瀧さんによる働きかけがあったからなのかもしれません。

ところで、『風の又三郎』で歌われていた「どっどど どどうど」の唄。YouTubeにありました。



ただし、これは村山版のものではありません。でもメロディは全く同じ。この音源は伊藤俊也版のものなんでしょうか? メロディはもしかしたら島耕二版のときに作られたのかもしれません。
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by hinaseno | 2015-01-05 12:48 | 雑記 | Comments(0)