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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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「どどどどどっと―― みんな吹きとばせ」


最初に1枚の写真を紹介。
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大瀧さんがはっぴいえんど在籍時の1972年に発表したファースト・アルバム『大瀧詠一』の中袋に載せられた大瀧さんの子供の頃の写真。撮影したのは大瀧さんのお母さん。写真の右下に”PHOTO BY YAYOI OHTAKI”と記載されています。
撮影されたのは昭和26(1951)年3月21日。大瀧さんが、まだ2歳のときですね。手にしているのは、どうやら2歳のときの誕生日プレゼントのハーモニカ。
この2歳のときが大瀧さんの音楽のスタートだったようです。ちなみに昨日貼ったちらしの一番右に貼られた写真(『ナイアガラ・カレンダー』のジャケットの10月にも貼られています)もどうやら同じ日の同じ場所で撮られているようです。おそらくはどこかの小学校でしょうね。

さて、 大瀧さんの幼少期に関わる話、あるいは宮沢賢治につながる話を拾い集める日々。 昨日見つけた言葉をいくつか。
まずは2005年8月19日に山の上ホテルで行なわれた内田樹先生との対談(『KAWADE 夢ムック 大瀧詠一』所収)のこの言葉。
僕は宮沢賢治を読んだこともないし読むつもりもないけど、全部わかったつもりでいる。そういうことってあるよね。

全く読んでいないってことはないとは思いますが、あまり読んではいなかったということですね。でもポイントはその後の言葉。「全部わかったつもりでいる」

それから『レコード・コレクターズ増刊 大瀧詠一 Talks About Niagara』の『ナイアガラ・ソングブック』に関するインタビューでの次の言葉。インタビューは2013年2月8日。
(小学1年から中学3年)までの9年間、学芸会の主役なんだよ。さっきも言ったように、最後の年(中学3年)は2本も主役をやって。小学校1年の〈こぶとりじいさん〉に始まって、〈真夏の夜の夢〉のパックも、ジャン・バルジャンも、宮沢賢治の〈貝と火〉のホモイもやってる。

さらには最初に貼った写真にからめた話でこんな言葉も。
母親はよく写真の後ろに日付なんかを書いてあるんだよ。種山高原にて、とか。このときから日付を大事にするっていうようなことを、写真の裏で言われていたってことなのかね。

「風の又三郎」の舞台の種山高原。以前読んだときには気づきませんでした。

ところで、昨日、こんな言葉を引用しました。船村徹さんとの対談の中の言葉。
「はっぴいえんど」時代は、オリジナルなもの、自分にしか出来ないものは何かと考えて、宮沢賢治とかイーハトーブの世界を意識したことはありましたね。

大瀧さんが「宮沢賢治とかイーハトーブ(イーハトヴ)の世界を意識」した作品を作ろうとしたのはおそらくは2枚目の『風街ろまん』から。
このアルバムの中に大瀧さんが詞を書いたものに「颱風」という曲があります。この詞もきちんと読んだのは今回がはじめてのこと。これは明らかに『風の又三郎』へのオマージュですね。「風」が吹いている場所は「街」ですが、 大瀧さんが持っている「イーハトヴ」の世界を、松本隆さんが『風街ろまん』で作り上げようとした「風街」に融合させようとしていて実に興味深いものがあります。
なんといっても最後のこの部分の歌詞。
どどどどどっど――
どどどどどっと―― みんな吹きとばせ

これは『風の又三郎』の有名な書き出しを意識して書かれたことは間違いありません。この言葉ですね。
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

ただ、大瀧さんは基本的には作曲家。作曲家として、宮沢賢治、あるいはイーハトヴの世界をどう表現したのか。その答えを昨夜放送された「名盤ドキュメント3  はっぴいえんど『風街ろまん』」で見つけることができました。僕なりに推測していたことは間違いはなかったなと。
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by hinaseno | 2014-12-31 11:28 | 雑記 | Comments(0)