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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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「雪景色は外 汽車がはしる」


今日ははっぴいえんどの1枚目のアルバム『はっぴいえんど(通称ゆでめん)』に収められた「かくれんぼ」という曲のことについて。作詞はもちろん松本隆さん。作曲は大瀧さん、ボーカルも大瀧さん。
曇った空の浅い夕暮れ
雲を浮かべて烟草をふかす風はすっかり
凪いでしまった私は熱いお茶を飲んでる
「きみが欲しい」なんて言ってみて
うらでそおっと滑り落とす
吐息のような嘘が一片
私は熱いお茶を飲んでる
雪融けなんぞはなかったのです
歪にゆがんだ珈琲茶碗に余った
瞬間が悸いている
私は熱いお茶を飲んでる

もう何も喋らないで そう黙っててくれ
ればいいんだ 君の言葉が聞こえないから
雪景色は外なのです 
なかでふたりは隠れん坊
絵に描いたような顔が笑う
私が熱いお茶を飲んでる

「かくれんぼ」はこの最終的な詞ができあがったのは歌入れのその日。さらに言えば、もともと松本さんが書いていたのは「曇った空の」ではなくて「曇った冬の」だったそうです。大瀧さんが勝手に変えちゃった、というよりも、うろ覚えで歌ったらこうなったんでしょうね。こういうのは結構あったようです。歌入れも終えて、トラックダウンも終わって聴き直してみたら気がついたとのこと。

実は「かくれんぼ」という詞ができあがる前、何度か別の詞が作られていました。曲のメロディはすでにできあがっていたようです。
最初に書かれたのが「あしあと」と題された詞。
すすけた空に眠っていた鳩が 
めをさまして飛び立つ頃
まちの汚い道ばたに座って 
朝の通りをみていたんだ
機械みたいにわきめもふらず 
人の群れは駅をめざす
そこまで行くにもおきまりのコース 
自分で選んで歩いているの?
機械みたいにわきめもふらず 
人の群れは駅をめざす

この詞を手渡された大瀧さんは「かくれんぼ」のメロディでギターを弾きながら、松本さんともう一人別の人の前で歌ってみたそうです。そのときの様子を大瀧さんはこんなふうに語っています。
歌い終わったらみんな下向いてずーっと沈黙が流れて、あのときくらい悪いことをしたような気になったことはないね。

で、次に松本さんが書いてきたのが「ちっちゃな田舎のコーヒー店」という詞。詞の舞台が「あしあと」では都会だったのに、「ちっちゃな田舎のコーヒー店」では雪の積もる田舎に変わっています。
くもった冬の夕焼け空に 
雲をうかべて煙草を喫ってる
風はすっかり凪いでしまった
私は熱いお茶を飲んでる
雪景色は外 汽車がはしる 
こころは決まらず影はしずむ

ほぼ「かくれんぼ」の原型ができあがっていますが、最後の部分はまだ「みんな下向いて」しまいそうな感じが残っています。この詞が手直しされて「かくれんぼ」の最終的な形になったんですね。やはり「曇った空の」ではなくて「くもった冬の」だったようです。
この「ちっちゃな田舎のコーヒー店」の一番興味深いのは「雪景色は外 汽車がはしる」の部分。外の雪景色の中には汽車が走っていたんですね。でも、「かくれんぼ」ではカットされてしまいます。
ただし、冬の雪景色の中を汽車が走る風景は、宮沢賢治的な言葉をいくつも取り入れて「抱きしめたい」で復活することになります。

「あしあと」や「ちっちゃな田舎のコーヒー店」などを読んでわかるのは、『はっぴいえんど』期の松本さんの書いた詞には心情吐露の部分が結構多かったということ。あるいはその心情を風景に託すにしても、ややべたな、あるいは油絵的といってもいいようなこってりした表現が多かったかなと。後の松本さんらしい水彩画的な心の風景の詞が書かれてくるのは『風街ろまん』からでしょうか。
なんとなく松本さんが宮沢賢治の『春と修羅』を読んだのは、1枚目の『はっぴいえんど』を作った後だったような気がします。
そういえば『春と修羅』の第一集の正式なタイトルは『心象スケッチ 春と修羅』でした。松本さんが「心象風景」という言葉をよく使ったことも含めて、宮沢賢治の詩からの影響は大きかったようですね。

それはさておき、「かくれんぼ」という詞も今回はじめてじっくりと読んでみたのですが、一番好きなのはこの部分。
雪融けなんぞはなかったのです

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by hinaseno | 2014-12-28 11:30 | 雑記 | Comments(0)