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by hinaseno
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『馬鹿まるだし』と「品川白煉瓦」のこと


昨日書き忘れたことがひとつありました。『秋津温泉』の中で、長門裕之さんが演じる河本周作が何度か口ずさむ詩があります。
「ハナニアラシノタトヘモアルゾ 『サヨナラ』ダケガ人生ダ」

もちろんこれは有名な井伏鱒二の言葉(漢詩を訳という形をとっていますが、創作といっていいもの)。原作に出てくるのかはわかりませんが、この映画の中にも井伏鱒二が入り込んでいたわけですね。

さて、話は『秋津温泉』で終わりにするつもりでいましたが、藤原審爾関係のことをいろいろ調べている過程で、思わず「おおっ!」と叫んでしまったようなことを発見したのでその話を。

藤原審爾は生活のためとはいえ、いろんなジャンルの作品を書いています(それゆえに今の目からすればどこか焦点が定まらず、コアなファンを持ちえない状況になっているのかもしれません)。そして映画化の話がくれば快く引き受けたようで、彼の原作の映画もたくさん作られています。
でも、僕が観たのは『秋津温泉』の他にはもうひとつだけ(それとは知らずに観ていたものがあるかもしれない)。
ハナ肇主演の『馬鹿まるだし』。数年前、藤原審爾の名前を知った頃にBSで放送されたんですね。監督は山田洋次。山田洋次が作った初めての喜劇。これがきっかけとなって後に寅さんシリーズが作られることになります。渥美清も脇役で出ていますね。
原作のタイトルは「庭にひともと白木蓮」。
これを最近ようやく手に入れたら(『私は、ヒモです』徳間文庫所収)、舞台は、地名は一切出てきませんが、まちがいなく片上。
これはいい小説です。喜劇映画にされたのですが、優れた児童文学であるように思います。こういう作品はできれば手軽に読める状態にしておいてほしいですね。

その冒頭、とてもいい話なのでちょっと長いですが引用しておきます。戦前の片上の町の姿(変化)を知ることができます。特に「牛があばれる」の話には心を打たれます。
 ぼくの故郷は瀬戸内海の入海ぞいの小さな町だ。むかしは山陽道の宿場だったのだが、汽車が出来てから事情がかわった。山陽線はぼくの故郷を通る予定だったのに、ぼくの町の年寄たちが、牛があばれるといって反発したんだ。山陽線はぼくの村から裏山を越えた二里ばかり離れた町を通るようになり、それでぼくの故郷はとりのこされた町になってしまった。ぼくのうちは,浄土真宗の寺で、海の見える山裾にある。ぼくの祖父は、牛があばれると言った連中の一人だが、ぼくはそういう祖父の先見の明のなさを、そうとがめる気にはなれない。ぼくの故郷に来てみれば、誰でもぼくと似たりよったりの気持ちになるにちがいない。ぼくの町は入海にそった細長くうねった一里たらずの長さで、町の背には山なみがせまっている。耕地はほんのわずかで、四百戸あまりの家の町の人たちは、そのわずかな耕地と漁で暮しをまかなっている。みんなが扶けあってやっと暮している町だから、鉄道のために耕地をとられるのは、たいへんな打撃をうけるんだ。それを貧乏な町の年寄たちは、牛があばれると謂ったわけで、むしろぼくはそういう年寄の自尊心にいまでは好意をいだいている。
 ぼくの祖父たちのお陰で、ぼくの町はとりのこされる結果になったのだが、――ぼくの父親や学校の先生たちは、祖父の先見の明のなさを、よくわらいものにしていた。ぼくも、小さい頃、ここを本線が通っていれば、市へ行くにも便利だし、もっと町が繁盛していたろうと思ったことがあるが。――しかし、発展というものは、いろいろな、時には思いがけない道があるものだ。本線からとりのこされたばかりに、ぼくの町はかえってはやく発展したんだ。ぼくの町では、安い賃金で人をやとうことが出来るので、煉瓦会社がそこに目をつけて工場をつくった。三里ばかり離れた山から土をはこんで煉瓦をつくりだした。それに刺戟されて町のあちこちの山が掘りかえされた。やがて煉瓦に適した土が発見され、いまでは七つの工場が出来、赤穂線も鉱石を運んでくる私鉄もついた。戸数も三千戸にふくれあがり、近くのどの町よりも、活気のある大きな町になったんだ。

「鉱石を運んでくる私鉄」というのはもちろん、吉井川上流の柳原から片上に鉄鉱石を運んだ片上鉄道。
ポイントは片上にも三石と同じく煉瓦会社が作られていたこと。「三里ばかり離れた山から土をはこんで煉瓦をつくりだした」と書かれていますが、この「三里ばかり離れた山」があったのは間違いなく三石。
この会社の名前を調べてみたら、ちょっとびっくりすることがわかりました。

品川白煉瓦。

これってもしや、と思って調べたらやはり。
小津はまだ『早春』の構想を練っていたときに、この品川白煉瓦の、おそらくは東京の本社に行っています。
昭和30(1955)年3月10日の日記にこんな記述があります。
三菱商事に行き塩川氏の案内で丸ビル八階の品川白煉瓦に行き 村田 坂田両氏にいろいろきく

品川白煉瓦についてはこの日のブログで、現在は品川リフラクトリーズ株式会社と社名が変更されていること、そして岡山の備前市片上に今も工場があることを書いていましたね。すっかり忘れていました。
a0285828_8165232.jpg

この写真は前に一度貼った昭和60年の片上。前回は片上鉄道を見やすくするために写真の上半分を切り取ったのですが、今回はその部分も入れておきます。
向うに見える特徴的な山が、おそらくは片上のシンボルでもあるはずの城山。この城山は「庭にひともと白木蓮」でもそのまま「城山」という名前で登場します。主人公の安さんが最後にかかわった大きな事件は、この城山が舞台。
で、その城山の手前に見える大きな工場がまさに品川白煉瓦。左の方に煙突も見えます。
そういえば、片上鉄道は最初の計画では柳原からではなく三石から片上まで結ぶ予定だったようです。もちろん煉瓦の原料となる土を運ぶために。
鉄道はいうまでもなく軽便。

小さな町の、この写真にとらえられたほんのわずかの風景の中に、これだけ数多くの、僕にとって関心のある物語が含み込まれていたなんて、本当に驚くばかりです。
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by hinaseno | 2014-10-17 08:24 | 雑記 | Comments(0)