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by hinaseno
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そこは『秋津温泉』を書きはじめた場所


ようやく藤原審爾の『秋津温泉』を手に入れました。この本ですら絶版になっているという状況。ちょっと悲しいものがあります。『秋津温泉』くらいであればどこかの古書店にはあるだろうと思っていましたが、結局見つからず、ネットで購入しました。
『秋津温泉』に関してはいろんな種類のものが出ているのですが、(値段のことなど)いろいろ考えて集英社文庫の『秋津温泉』にしました。うれしいことに巻末に、もともとは別の本に収録されているはずの井伏鱒二の「藤原君のこと」が転載されていました。藤原審爾が『秋津温泉』を書いていた頃に、例の”広島の東、岡山の西”(村上春樹の小説のタイトルのようですね...、残念)で何度も会っていただけに興味深い話がいくつも書かれています。特にこと部分。
「秋津温泉」は藤原君の経歴の一面を語っていると見て差支えない。当人がそういっている。戦争中、二十一歳の年に稿を起こし、岡山市の旭川畔の別荘で書きつづけていたが、戦災で焼け出され、吉備津というところに疎開して、戦後、倉敷市に引越ししてから書きあげた。吉備津の家のことはこの作品のなかに書いてある。竹薮の笹葉が薄気味わるく屋根を撫でる家である。倉敷市の住居は、遊廓が近くにある裏街の小さな質屋の二階であった。

「岡山市の旭川畔の別荘」という言葉、やはり、藤原審爾は昨日推測したあの辺りの場所に住んでいたことは間違いのないようです。で、まさにそこで『秋津温泉』の稿を起こしていたとは。

ところで藤原審爾の自伝的小説である『愛と孤独の昼と夜』には、「秋津温泉」と、その主人公である新子につながる話がいくつか出てきます。
最初に出てくるのは、上京したけれども喀血し、岡山に戻って入院していたときのこと。
夏の暑い盛りがすぎてから、わたしは退院し、伯母の家で暮らしはじめたのですが、わたしも気兼ねですし、伯母も気をつかわなくてはならず、間もなく伯母はわたしに温泉にでも行ってみたらとすすめだしました。自分を大切にする気持のないわたしは、あたたかい山峡の温泉宿へ出かけて行きました。その宿は、昔から伯母に連れられて出かけていた馴染の深い宿でした。
 宿の主人は若い娘さんで、後妻の連れ子のほんの少しそばかすのある、きれいなきりっとした人でした。離れの八畳と三畳の部屋でわたしは療養しはじめ、お新さんの手厚い親切のお陰で、次第に気力をとりもどしかけたのですが、それも束の間、大東亜戦争がはじまったのでした。
 年が明けてから間もなく、お新さんの宿は日赤の分院になるとかで徴用され、わたしはまた伯母の家へもどらねばなりませんでした。

藤原審爾と思われる「わたし」が入院した病院で知り合った淑子という女性に惹かれるようになったときの話。
 山峡の温泉宿でのお新さんの親身な世話に慣れたわたしは、伯母の家での独りきりの療養のさみしさがたえがたくあったのでしょう。お新さんの世話は親身なものでしたが、わたしがほだされなければ溶けあえぬ勁さがあります。しかし淑子の世話ぶりには、そうした保身を超えた、魂そのもののような清らかさ、やさしさがあるのでした。

さらに倉敷で同人雑誌を出すようになったときのこと。
 外村さんがある日突然に東京からやってきて、〈素直〉という雑誌を出すから、小説をかけといったことでした。それにつづいて、新潮社と〈新生の書〉をだした友人から、短篇をかけというすすめの手紙がきたのです。
 二十年の晩秋から二十一年の春にかけて、わたしはその三つの作品をかきあげました。そしてひきつづき、秋津のお新さんのことをかきあげました。

『秋津温泉』が自分の経験をもとにして書かれているのは確かなことのようです。岡田茉莉子主演の『秋津温泉』で、長門裕之が演じていた喀血を繰り返す男は、文学的、さらには映画的に脚色されているとはいえ藤原審爾だったわけです。

ところで井伏鱒二の「藤原君のこと」には『秋津温泉』に関してこんな言葉も。
二十一歳で書きだしたにしては対人物の観察が鋭く大人びているが、底ぬけに詩情ゆたかな筆致である。年少の日の藤原君は、一刀三礼の気持でこの作品と取組んでいた。私は人づてにそれを聞いている。但、秋津温泉というのは架空の名で、実際の場所は、伯母さんに連れられて湯治に出かけていた、紀州の某温泉である。風景、環境などは、備前の奥津温泉をそのまま取入れてある。

この中に出てくる「人づて」の「人」というのは木山捷平かなと思ってみたり。
それはさておき、『秋津温泉』の新子のモデルとなる女性がいたのは、どうやら奥津温泉ではなかったようです。でも、岡田茉莉子はまさに吉井川上流の奥津温泉で映画を撮影します。
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by hinaseno | 2014-10-10 11:00 | 雑記 | Comments(0)