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「片谷」の駅前にあった「銀星」というカフェーのこと


藤原審爾という作家の知ったのは木山捷平という作家を知ったのと同じ日。教えてくれたのはこのブログでも何回か書いたYさん。ほかにも岡山出身の作家のことを話されたかもしれませんが、印象に残ったのはこの2人。藤原審爾が僕の郷里に近い片上で暮らしていたこともそのときに教えていただきました。
その後、木山捷平にはどっぷりとはまってしまいましたが、藤原審爾は図書館でパラパラと眺めてみて、ちょっと自分には合わないなということで、それっきり。もちろん木山さんの書かれたもの、とりわけ『酔いざめ日記』には藤原審爾の名が、頻繁に、木山さんが亡くなったその日まで登場するので、その都度、気にはとめていました。でも、まあ「あっ、藤原審爾」という程度ですが。

ところが今年になって急に藤原審爾という作家のことが気になるようになりました。一度、きちんと調べてみたいなと。きっかけはやはり岡田茉莉子さんでしょうか。

藤原審爾には『愛と孤独の昼と夜』という自伝的小説があります。この本のことを教えていただいたのもYさん。でも、なんとなく内容を聞いて(数多くの女性遍歴が描かれているとか)遠ざけていましたが、ひと月ほど前にようやく手に入れて読み始めました。のちに『愛の夜 孤独の夜』というタイトルで文庫本になっているようです。

『愛と孤独の昼と夜』は主人公の少年時代の話から始まります。冒頭、こんな言葉が。
わたしの父の屋敷は、瀬戸内海の入り海ぞいの町にあり、広いその屋敷の中に、そのころ祖母と婆やとわたしの三人で静かに暮らしていました。父はわたしが小学校へあがるすこしまえ、山陰の雪深い村で亡くなり、もと芸妓だった母は、わたしが数え年四つの秋の夕ぐれ、わたしをのこし、屋敷からどこかへ出ていってしまっていました。

そしてこのあと、わたしの父の屋敷のあった地名が出てきます。
「片谷」

片上ではなく片谷。二つめの漢字を変えています。でも、音の響きは同じ。
藤原審爾はこの小説で人名や地名などを必要に応じて変えているようです。彼の師事した外村繁は「外村さん」と実名のまま登場しています。
登場する人物が、どれくらい実名なのか、漢字を変えているだけなのか、あるいは全く違う名前に変えているのかはわかりませんが、でも、そういう存在がいたことは事実のような気がします。

『愛と孤独の昼と夜』には藤原審爾自身と思われる主人公が関わりを持った数多くの女性が登場します。その最初に出てくるのが住子という女性。「すみこ」と読むんでしょうね。主人公が閑谷中学に通っていた頃の話。おそらく昭和10年頃。
 住子は三十ちかい年でしたが、よくしまったすらりとした軀の女で、眦の美しい、きりっとした顔立ちをしていて、それもまたわたしは好きでした。そしてたまの宴会だけでしか会えないことが、だんだんものたりなくなり、わたしは彼女がはたらいている駅前のカフェに出かけるようになったものです。
 銀星というそのカフェは、二階建てのしもた家を改造したもので、階下は十坪ほどの店と壁ひとつ奥の八畳の女給部屋と調理場になっていました。十坪あまりの店には、壁ぎわに七つばかりのボックスがあり、店の真ん中へ大きな造花の桜の樹が枝を四方へひろげていて、花見の席といった感じにつくってあります。
 わたしがはじめて銀星へいったのは、もう桜の花が散った頃でしたが、店のなかはそんな満開で、紅い燈がともり、そのうえ、咲いた咲いた、パット咲いたという流行歌がすごいボリュームでなりひびいていました。
 わたしはそこへよく出かけている上級生をさがしにきたふりをして、頬をこわばらせいまにもふるえそうになって入ったものですが、注文のビールがとどいたとき、奥から出てきた住子に、たちまち、
「あんたなんかのくるとこじゃない」
 とビールをとりあげられ、追いだされてしまったのでした。

住子が働いていたのは片上駅(もちろん今はなき片上鉄道の片上駅)の前にあった銀星というカフェー。彼女はそこの女給でした。実は僕が片上に行って最初に立ち寄ったのは、藤原審爾の小説で「銀星」と名づけられている、今は大衆食堂の店でした。店の名前は銀河。片谷と同様、2つめの漢字を変えています。この店のことを教えてくれたのもやはりYさん。ここで何度も食事されていて、あるとき『愛と孤独の昼と夜』を読んで、本に出てくる銀星はここだとわかったんですね。
藤原審爾には片上のことを書いた小説がいくつかあって、昭和24年に発表された「藤の実の落ちる季節」という短編小説にも「片谷」や「銀星」、そして「住子」のことが出てきます。
「藤の実の落ちる季節」、あるいは『愛と孤独の昼と夜』を、昔の片上のことを知った人が読めば、銀星がどこかはわかるようです。でも、それらの小説はいずれも簡単には読めない状況になっているし、現在、全国チェーンの大型の電気店とスーパーの駐車場になっている場所に駅があったなんてことを知る人も少なくなっているようですし...。

さて、銀河食堂、店内の様子はまさに小説で描いている通りの作り。店には「昭和6年撮影」と書かれた昔の銀河の写真が飾られていました。
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昭和6年はまさに藤原審爾が片上に住んでいた頃。店の外観は今とほとんど同じ。かたかなで「ミス ギンガ(ギンカ?)」と書かれている看板と2階の窓の上には英語でキャバレーと書かれた文字が見えます。

それから店の主人は、祖父がもっていたものだという一冊の古いアルバムを持って来てくれました。明らかに戦前の写真。大きく引き伸されて店に飾られている写真のもとの写真もそこにありました。
驚いたのは店で働いていたと思われる女性の写真が何枚も貼られていたこと。そして写真の横には名前も。
その中に「すみこ」もいました。ただし字は「澄子」。それから『愛と孤独の昼と夜』には主人公と同い年の淳子という女給も出てくるのですがアルバムには「純子」という女性も。偶然なのか、あるいは彼女たちが、まさに藤原審爾の小説に出てくる当人なんでしょうか。
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by hinaseno | 2014-10-07 08:41 | 雑記 | Comments(0)