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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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路面電車が交差点を大きく曲がる風景が見える場所


 
三階の窓から下を見ると、路面電車が交差点を大きく曲がって、旭川のほうに走ってゆく。それと入れ違うように、岡山駅に向かう電車が旭川を渡ってこちらに近づいてくる。
 五階建ての共同ビルは交差点に近い。十代のころ、この「おかでん」と呼ばれる路面電車に乗って学校に通っていた彼には、電車の通る道の近くに事務所を借りることが出来たのはうれしいことだった。高校時代に戻ってもう一度、新しい人生を始めるような元気が出てくる。
 「岡崎設計事務所」と入り口に名前も入った。事務所といってもいまのところ、彼と広島の大学を出たまだ二十代の新井くんの二人しかいない。新井くんは彼のアシスタントのようなものだ。

これはある短編小説の書き出し。まさかこんな場所を舞台にした小説があるなんて思いもよりませんでした。しかも作者は川本三郎さん。
数ヶ月前に手に入れた川本さんの唯一の小説集『青いお皿の特別料理』(2003年 NHK出版)に収められた「事務所開き」という作品の冒頭のこの部分を読んだときにはほんとうにびっくりでした。川本さんが1999年頃にこのあたりを歩かれたり、あるいは路面電車に乗られていたことは知っていましたが、まさかここを舞台にした小説を書かれていたとは。

文学や映画の舞台になっている場所を探ったり訪ねたりするのはとても楽しいことですが、自分のよく知った場所が文学や映画の舞台になっているのを知るというのはたまらない悦びがあります。それが大好きな作家や映画監督ならなおさらのこと。
ちなみにこの交差点の少し北には、荷風があの岡山空襲があった日に滞在していた松月という旅館がありました。この旅館はもちろん焼失しましたが、その後建て直され、今もその建物は残っています。ただし、別の名前の割烹に変わっているのですが。
川本さんもこの松月を探されたようですが、結局見つからなかったようです。

さて、この小説の舞台となった事務所。もちろんそれは架空の事務所には違いありませんが、おそらくはこのビルのあたりだろうという場所をつきとめました。川本さんはこの交差点近くにある禁酒会館という大正時代に建てられて奇跡的に戦災を免れた建物のあたりから何枚か写真を撮られたようなので、その写真の中にこのビルが写っていたかもしれません。この写真の左の方に写っている茶色のビル。この写真をとったのは表町商店街の入り口近く。目の前には城下の停留所があります。
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このビルの3階にはなかなか雰囲気のいい喫茶店がありました。これがその喫茶店の窓から撮った写真。「路面電車が交差点を大きく曲がって、旭川のほうに走ってゆく」風景です。
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川本三郎さんがこのあたりを訪ねられたのはおそらく1999年の春。「百閒と荷風の面影を訪ねて『岡山電気軌道』」(『旅』1999年5月号)にこう書かれています。

 岡山がいいのは城と川があって、そして町のなかを路面電車が走っていること。岡山電気軌道という名前もいい。明治四十五年開業というから九十年近い歴史がある。町の人には”おかでん”と親しまれている。乗客数は多く、路線の延長も考えられているという。
 電車は岡山駅前から出る。旭川を渡って東山まで行く東山線と、南の清輝橋まで行く清輝橋線の二本がある。総延長四・七キロのミニ電車である。
 まず旭川を見たかったので東山線に乗る。百四十円の料金を払って乗り込むと、運転手は若い女性だった。ブルーの帽子が可愛らしい。女性の運転手は三人いるそうだ。パンタグラフがちょっと変わっている。屋根の上に四角の櫓があり、その上にパンタグラフが付いている。路面電車だが線路内に車は入ってこない。ごとごととゆっくり走る。岡山駅から二つ目の柳川で清輝橋線と別れる。城下、県庁通り、西大寺町とメインストリートを走る。ふだんは通学の学生で混むというが、春休みのせいかがらがら。
 西大寺の停留所を過ぎたところで大きく左に曲がる。旭川が見えてくる。川のパノラマが一気に開けてくる。川は勢いよく橋に向かっていく。この路線のいちばんいい瞬間である。

と、この部分を改めて読んでいるうちに、事務所は別の場所だということに気がつきました。ここまで書いてきて、写真も貼ってしまったのにひどい話。まあ、ご愛嬌ということで。
「路面電車が交差点を大きく曲がって、旭川のほうに走ってゆく」のはどうやら西大寺町の停留所付近。一応地図を貼っておくとB地点の所。僕が写真を撮ったのは城下の停留所近くのA地点。
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でも写真を撮らせていただいた喫茶店はとてもいい店で、実はちょっと無理をお願いして写真を撮らせてもらいました。これはこれでとてもいい風景だと思います。本もぎっしりあって、小津を含めて映画関係の本のほか、内田樹先生や平川克美さんの本も置かれていました。
B地点へは改めてまた行ってみることに。3階から写真が撮れるようなビルがあるかどうか。

上の地図のB地点から見えるはずの路面電車の通る京橋の下には、かつて遊廓のあった中島があります。前に一度書きましたが木山さんも一度ここに来ています。
昭和11年4月4日の日記。

終列車井笠線にのり上京の途につく。あとに残す母があわれで、言いにくかったが。出発の一時間前に言い出しあたふたと汽車にのった。夜はまだ寒い。母が尾坂川の途中まで送ってくれた。早朝岡山駅で予定の特急にのれず、満員のため次の普通急行までのばした。十五年前新調の人力車にのり、岡山の深夜をさぐる。車夫のつれて行った家は中島の廓、ひっぱり上げられ、逃げられぬ体となる。酒をのみ三味をひく約束で金は渡したが、金を渡したら三味は明朝ひくという。やむなく一時間ばかり無為にすごし急行にのる。余はピューリタンなり。このへん駄目なる所以かも知れず。

この頃には確か路面電車は通っていたはず。でも、深夜だったので運行はしていなかったんでしょうね。この次に書かれている4月17日の日記にはこんな記述。
村上菊一郎、坂本義男氏来訪。

木山さん、村上菊一郎に4月4日の出来事を”正直に”話したんでしょうか。

川本三郎さんの「事務所開き」にはもう少し興味深い話が出てくるので、それはまた次回に。
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by hinaseno | 2014-09-29 09:59 | 雑記 | Comments(0)