Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧

小津の『早春』と「岡村書店」のこと(1)


最近はヴィー・ジェイ時代のフォー・シーズンズとテディ・ランダッツォの曲を聴く日々。テディ・ランダッツォのことはまた後日。

今日は久しぶりに小津安二郎の『早春』の話を。
夏の初め頃から毎朝少しずつ『全日記 小津安二郎』を読んでいます。これですね。
a0285828_1140185.jpg

日記部分だけでも800ページを超える本なので以前は図書館で借りた本の『早春』に関係のありそうな部分だけをコピーして読んでいましたが、やはり最初から(!)読んでみなければと意を決して本を入手。今、ようやく3分の2くらい読み終えたところ。ちょうど『早春』の上映も終わって『東京暮色』の製作に取りかかっているあたり。まだまだ先は長い。

今回、最初からきちんと読む中でいろんな発見がありましたが、とりあえずは『早春』がらみのことだけを。
以前、小津の日記で『早春』について最初に書かれたものは1954(昭和29年)8月27日のこの記述であることを紹介しました。
仕事の話ひらける 兵隊の話を思ひつく ラスト出来る 信州大学の丘に登る 題名 早春と決る

でも、この半年くらい前にこんな記述があるのを発見しました。同じ年の3月6日の日記。まさに早春。
次の作品 ストウリーも何もないが おぼろに輪郭らしいものが感じられる インテリの長屋物といつたところか

『早春』のキーワードは「インテリの長屋物」だったんですね。この日のブログで少し書いたことにもつながっていてなるほどでした。
ちょっと興味深かったのは、この3日前の3月3日の日記に荷風の『裸体』を購入したことが書かれています。果たして小津がそれをすぐに読んだかどうかはわかりませんが、荷風の本が小津に何らかのひらめきを与えたのかもしれません。

小津が『早春』のコンストラクション(脚本を書く前のおおざっぱな構成)に取りかかるのはこのひらめきからほぼ1年後の1955(昭和30年)2月20日。そのひと月後の3月23日の日記にこんな記述がありました。
小待合をお好みやきの次に入れることで大いにひらける

この翌日にコンストラクションができあがっています。

池部良と岸恵子が大森で一夜を過ごす場面は、最後の最後に思いついたということだったんですね。あの場面は最初から考えていたことだと思っていたので、ちょっとびっくり。

ところで以前から日記を読んでいて、ひとつ気になることがありました。それは「岡村書店」という本屋のこと。『早春』の製作期間に書かれた日記に「岡村書店」の名前が何度も登場します。見事なほどに『早春』の製作期間だけ。

岡村書店が最初に日記に登場するのは、コンストラクションを書き進めていた1955(昭和30年)3月15日の日記。「岡村書店主くる」とだけ書かれています。で、3月29日の日記には「岡村書店で平凡社の百科字典をたのむ」、そして翌30日「岡村書店の女店員くる 鎌倉に本をとゞけてもらふ」。
この3月30日というのは、登場人物の名前を決めて、脚本を書き始めた日。
で、少し間があいて5月5日に「岡村書店によつて帰る」との記述。ちょうど脚本を半分ほど書き上げた段階。この日から、ほぼ毎日と言っていいほど小津と岡村書店主は会うことになります。店主が小津の家に来たり、あるいは夕食後、散歩ついでに書店に立ち寄ったり。そのうちに相当親しくなって、ほぼ毎日小津の家にやってくるようになって、ときには食べたり飲んだりする会にも岡村書店主を呼ぶようになっています。
ちょっと興味深いのは、この岡村書店主と食事をするようになったときに、たいてい美人の女性が付いてきていたこと。名前は最初は「おさと」ですが途中から「左登子」、そして一度だけフルネームで「山下左登子」と記載されています。岡村書店の店員なのかどうかは定かではありませんが、どうやら小津はこの女性をかなり気に入ったみたいで、たぶんこの女性目当てで岡村書店主を食事に誘っていたような気もします。

とりあえず、岡村書店がらみのことが書かれた日記の記述を並べてみます。
3月15日 岡村書店主くる
3月16日 本屋岡村書店主がくる
3月29日 岡村書店で平凡社の百科字典をたのむ
3月30日 岡村書店の女店員くる 鎌倉に本をとゞけてもらふ
5月5日 岡村書店によつて帰る
5月10日 夕めしののち散歩に出る 岡村書店による 岡村書店主と車で藤沢の入舟にゆく おさとさんという美人に会ふ
5月11日 夕方風呂から出ると岡村書店主と左登子嬢くる
5月12日 入浴 夕めし のち散歩 岡村書店にゆく 九時四分にて藤沢にゆく 入舟にゆく おくれて岡村くる 左登子と共に双葉すし 左登子を車で送つて 茅ヶ崎に帰る
5月13日 野田さんと六時の電車で藤沢入舟 おくれて岡村くる
5月14日 入浴 夕めしののち 散歩に出る 岡村書店による 川柳評釈を購ふ 九時四分にて藤沢入舟にゆく おくれて岡村くる
5月15日 入浴 岡村書店主 左登子君くる 夕めし 豚豆腐をくふ のち 電車で藤沢にゆき 双葉ずしですしをくふ 車で左登子を送つて帰る
5月23日 夕めしの時岡村書店主くる 車を呼んで藤沢にゆく 双葉すしによる
5月24日 柳で天ぷらの会をする 参会者 里見先生 同夫人 久保田夫人 野田夫妻 静夫 益子 清水富二 岡村 山下左登子の十一名
5月25日 車で茅ヶ崎に帰る 雨になる 藤沢本町の左登子をのせ 入舟により 双葉によつて 茅ヶ崎に車で帰る 岡村入舟にあらハれる
5月26日 夕めし きしめん 岡村を呼ぶ 散歩に出て本屋から柳によつて天ぷらの会の勘定をすます
5月27日 入浴 夕めし 岡村を呼ぶ 散歩に出る 本屋による
5月29日 何もしない内に入浴 夕めしとなる 豚 きしめん 岡村くる
5月30日 岡村書店主 入舟さと女くる 送り乍ら藤沢までゆく ひとまわりして 十時二十分の汽車で帰る
5月31日 入浴 夕めしの時 岡書店主くる 散歩に出る 岡村から柳に行つて先日の天婦羅の会の写真を見る
6月1日 夕めし時岡村くる 八時二十九分で藤沢入舟にゆく
6月2日 岡村書店主くる 八時二十九分にて藤沢入舟にゆく
6月3日 入浴 夕めし時岡村書店主くる
6月11日 岡村くる
6月13日 入浴ののち久々にすし元に出かける 帰り岡村書店による
6月14日 夕めしののち本屋にゆく
6月17日 岡村書店主 地図をもつてくる 両人 泊つてゆく
6月23日 岡村おそくなつて鳥渡来て帰る
6月24日 朝から仕事 一時三十分 脱稿する 起稿三月三十日なれバ八十七日なり 夕方山内くる 岡村書店主を誘ひ 車にて 藤沢入舟にゆく

日記に「岡村書店」が登場するのは、まさに『早春』の脚本が完成した日が最後。その後の日記には(今、読み進めている昭和33年あたりまで)一切登場しなくなります。見事なほどに関係はぱったりと途絶えているんですね。

やはり気になるのは山下左登子という女性のこと。岡村書店主といっしょに来ているのに、最後はかなり大回りになるはずなのに小津が車で送っているのが何度か。で、彼女を里見弴夫妻が参加されている会にも岡村書店主とともに呼んでいる。でも、6月になってからは彼女の名前はぱったり。会っていても名前を書かなかったのかもしれませんが。でも、最終的には会わなくなったんでしょうね。『早春』を製作していた時期に生まれた本当に短い期間の恋? 大森には行かなかったんでしょうけど。

いずれにしても山下左登子という女性、荷風にとっての阿部雪子さんのように、だれかが調べられたら面白そうです。里見弴が参加された天婦羅の会の写真なんかが何かの本に載っていればいいのですが。
[PR]
by hinaseno | 2014-09-17 11:40 | 映画 | Comments(0)