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by hinaseno
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暖簾が風に気持ちよくはためくためには(7)― 欲を言えば切りがないのだけど ―


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話は、ひょこっととびますが、井伏鱒二の回から楽しみに読んでいる岡崎武志さん(島田潤一郎さんの夏葉社の新刊の解説を書かれています)の『人生散歩術』、ついに木山捷平が登場しました。まあ、最初が井伏鱒二、次が高田渡となっていたので、来るかな来るかなという感じではあったのですが。岡崎さんのブログでも数ヶ月前からぽろぽろと木山のことがほのめかしのように書かれ始めていたので、もう間もなくとは思っていました。さて、どんな話が出てくるやらです。
それにしても『人生散歩術』の絵が笑えます。木山さんはもちろん下駄を履いています。

話は勝山に。
中国勝山駅を出てすぐに目に入った勝山新町と名づけられた通りに入って聴こえてきたのは風鈴の音。
アーケードのかわりに通りの両側には木組みの庇のようなものが作られていて、通りに人が一人通れるくらいの陰を作っています。そして、その木組みにはずらっと風鈴がつり下げられていたんですね。
その音色を聴きながら、きょろきょろとまわりを見ながら歩いていたら、あっという間に商店街のはずれの川の近くまでやってきました。そこで仕方なくIPhoneのGoogle Mapを確認。なんと谷崎潤一郎が宿泊していた家のある旦酒店は、その通りにあってしかも通り過ぎていました。
というわけで少し後戻りして旦酒店へ。
店の人に伺うと、谷崎の滞在していた家は店の裏に今も残っているとのこと。ただし、現在の持ち主の関係で、屋敷内に入ることはできなくなっているとのことでした。隣に空地があるので、そこからなら谷崎が宿泊していた二階は塀越しに見えるだろうと。

で、その空地から撮ったのがこの写真。
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まだ家が残っといただけ喜ぶべきでしょうか。ここで谷崎はあの『細雪』を書いていたんですね。そして、あの日、荷風もまずこの家にやって来たわけです。
『断腸亭日乗』の続きはこうなっています。
細君に紹介せらる。年紀三十四五歟。痩立の美人にて愛嬌に富めり。佃煮むすびを惠まる。一浴して後谷崎君に導かれ三軒先なる赤岩といふ旅館に至る。谷崎君のはなしに渓流に臨む好き旅館に案内するつもりなりしが、遽(にわか)に獨逸人収容所に當てられて如何ともしがたしと。予が來路車中にて見たりし洋人は想像通り獨逸人なりしなり。やがて夕飯を喫す。白米は谷崎君方より届けしもの。膳に豆腐汁。渓流に産する小魚三尾。胡瓜もみあり。目下容易には口にしがたき珍味なり。食後谷崎君の居室に行き閑話十時に至る。歸り來つて寝に就く。岡山の如く蛙聲を聞かず。蚊も蚤も少し。

ところで、谷崎潤一郎の『疎開日記』に書かれたこの日の日記を全文載せておきます。
考えてみると、それぞれが本来暮らしていた場所とは遠く離れた場所で再会した二人が、それぞれにその日の出来事を日記に記していて、それらが失われることなく、今、その両方を読むことができるというのは、なんと幸運なことだろうと。しかも二人とも小津が敬愛していた文学者で、再会した場所が岡山なんですから。
八月十三日、晴
本日より田舎の盂籣盆なり。午前中永井氏より來書、切符入手次第今明日にも來訪すべしとの事なり。ついで午後一時過頃荷風先生見ゆ。今朝九時過の汽車にて新見廻りにて來れりとの事なり。カバンと風呂敷包とを振分にして擔ぎ外に予が先日送りたる籠を堤げ、醤油色の手拭を持ち背廣にカラなしのワイシャツを着、赤皮の半靴を穿きたり。燒け出されてこれが全財産なりとの事なり。然れども思つた程窶れても居られず、中々元氣なり。拙宅は滿員ニ付夜は赤岩旅館に案内す。旅館にて夜食の後又來訪され二階にて渡邊氏も共に夜更くるまで話す。荷風氏小説原稿ひとりごと一巻踊子上下二巻來訪者上下二巻を出して予に托す。

谷崎の日記を読んで、おっと思ったのは、荷風が谷崎に、後に岡山の庭瀬の風景を大幅に取り入れて『問はずがたり』という題名に変更されることになる前の『ひとりごと』の原稿を渡していたこと。荷風の日記にはそのことは書かれていませんでした。

さて、両方の日記に書かれているように、谷崎の滞在した家は宿泊者でいっぱいだったために、谷崎はすぐ近くの赤岩旅館を荷風に紹介します。荷風の日記によれば「三軒先」。
この赤岩旅館もうれしいことに今も残っていました。旦酒店の横の空地の隣の家。つまり、その空地にはもともと二軒の家があったんですね。

これが、まさに荷風が宿泊した赤岩旅館。残念ながら木のアーケードがじゃまをしています。
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思ったよりも小さな建物でした。旅館というよりも普通の民家という感じ。荷風はおそらくこの家の二階に泊まったんでしょうね。
ただ、僕としては「赤岩旅館」という屋号が書かれたものを見たかったのですが、この建物の持ち主の方が数年前に別の場所に出て行かれたとのことで、看板や表札等はすべて取り払われていました。もし、どなたかいらっしゃればと思っていたので残念。

というわけで、谷崎の宿泊した家、荷風の赤岩旅館とも、今もそのまま残っていて、実際に目にすることができたのはうれしかったのですが、ちょっと物足りない気持ちも残ってしまいました。
欲を言えば切りがないのだけど(@小津安二郎『麦秋』)。

これは風鈴越しに見た赤岩旅館の二階。
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by hinaseno | 2014-08-02 10:00 | 雑記 | Comments(0)