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生きることの熟練工の手際を見るようで


洲之内徹の『気まぐれ美術館』に収められた「松本竣介の風景」というエッセイをきっかけにして、自分でも予期せぬ方向に話が進んでいってしまいました。実は、そのエッセイには、もう少しだけ僕にとって興味深い話が書かれていました。

洲之内さんは丹治さんといっしょに五反田駅のあたりを歩いていたときに、唐突にある記憶を呼び起こします。
かつてその近くでFという女性と数年間暮らしていた日々のこと。
それがいつ頃のことかは書かれていませんが、おそらくは洲之内さんが田村泰二郎から画廊を引きついだ1960年代の初め頃、昭和30年代の後半のことではないかと思います。

洲之内さんはFという女性のためにアパートを探します。どうやらその女性は洲之内さんの画廊で働くようになった既婚の女性で、夫から身を隠すために住むためのアパートをすぐに見つけなければならなくなったようです。洲之内さんたちは五反田の駅前にあった不動産屋に行き、そこで紹介されたのが武蔵小山のアパート。
そう、このエッセイには昭和30年代の、武蔵小山の小さな物語が含まれていたんですね。これがなんとも素敵な話。読んでいて、なんだかたまらなく切ない気持ちになってしまいます。

五反田の駅前の不動産屋は、アパートを案内するために洲之内さんたちを車にを乗せて武蔵小山に向かいます。で、その車中、武蔵小山がいかにいい土地柄であるかを力説します。もちろん悪い話をするわけはないのですが。
物価が安いとか、豆腐が一丁十円であるとか、人情の美しい土地で、洗濯物を干し忘れていても盗まれないとか、銭湯に行けば知らない人が背中を流してくれたりするとか。後でそれらは出鱈目だったと判ったと洲之内さんは書いていますが、いくつかは正しいところもあったのではないでしょうか。
結局、洲之内さんたちはその日にその武蔵小山のアパートに決め、いろんな手続きを済ませて、武蔵小山の商店街に行くんですね。いい話なので、ちょっとその部分を引用します。
そのあとで、私たちは武蔵小山の商店街へ行って蒲団と、折畳式の卓袱台をひとつ買い、翌日、大晦日の晩に、画廊を閉めてから、またその商店街へ小道具類を買いに行ったが、彼女は画廊から持ってきた大きな風呂敷の四隅を、対角線の端同士で結び合わせて腕に通し、即製の袋にして、鍋、包丁、箸、茶碗、徳利と盃、スリッパ、洗剤、かなづち、米にお茶と、買った品物を何でも、片端からその中へ投げこんで行くのであった。生きることの熟練工の手際を見るようで、彼女のそんな姿を私は感心しながら眺めていた。それでも見落しがあって、部屋に帰り、隣の部屋で始っているテレビの除夜の鐘を壁越しに聞きながら、とりあえずいっぱいやろうというときになって、栓抜きがなかった。すると、彼女は、アパートの路地の入口に八百屋があったからそこで借りてくると言い、駆けて行って、もう店をしめていた八百屋を起こして、見事栓抜きを借りてきた。

この数日後に、その武蔵小山のアパートにFさんの夫が現れて修羅場に近い状態になりかけるのですが、そこは割愛。でも、武蔵小山が「人情の美しい土地」であることはわかりますね。
「生きることの熟練工の手際を見るようで、彼女のそんな姿を私は感心しながら眺めていた」という言葉にも、心を打たれるものがあります。洲之内さんは結局、このFという女性と別れることになるのですが、「Fのような女には二度と会うことはないだろう」と書いています。

ところで例の「しながわWeb写真館」には、昭和30年代の武蔵小山の商店街の写真も、いくつか載っていました。
これは1957(昭和32)年3月に撮影された武蔵小山商店街の写真。
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武蔵小山商店街のアーケードは、その前年の昭和31年に完成していたんですね。まさに『早春』公開の年。
この写真の風景、僕が昨年暮れに見たものとあまり変わっていないように思いました。

でも、その武蔵小山の駅前に、なんと地上40階のビルが建てられることが決まったんですね。ここに、その完成予定の絵も載っています。前に東京に行ったときにペットサウンズの森さんからそういう話があることを少し伺っていたのですが、まさか決定するとは。完成は4年後のこと。
なんだか、悪夢のような風景。商店街はどうなってしまうんでしょうか。

Fさんのような「生きることの熟練工」は、商店街のような場所にこそ存在できるんだろうと強く思ってしまいます。きっと、商店街という場所そのものが「生きることの熟練工」たちが作ってきたものなので、そこに日々通う人たちを知らず知らずのうちに、「生きることの熟練工」にしていったんでしょうね。そしてそんな「生きることの熟練工」のような消費者が商店街を支えていく。
商店街というのはそういう場であるような気がします。
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by hinaseno | 2014-07-14 09:42 | 雑記 | Comments(0)