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昨日、2日ほどブログを休みますと書いたけど...。


昨日、ブログをアップした後で、そういえば、と、ある雑誌に載っていた一枚の写真のことを思い出しました。調べてみたら、やはり。
その雑誌は『芸術新潮』の1994年1月号。「小津安二郎の『早春』ロケ地狩り」という小さな特集が組まれていて、『早春』のロケハンのときに撮られた何枚かの写真が掲載されているんですね。この日のブログで貼った写真もそのうちの1枚でした。
で、昨日思い出した写真がこれ。
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『東京暮色』の五反田のシーンで出てきた目黒川にかかる池上線の橋脚がはっきりと映っています。雑誌の写真の横には「淡島の実家が設定された五反田辺りか」という不確かなコメントが載っていますが、まさにあの場所。映画のシーンを撮影した場所よりも、ほんの少しだけ北寄りの場所から撮っていますね。

興味深いのは、『東京暮色』では橋脚と上にかかる線路を仰ぎ見る形で撮っていたのでわからなかった、当時の橋脚下の風景がはっきりととらえられていること。割烹、中華料理屋、酒場...。いや、びっくり。
雑誌ではロケハンが行なわれたのは昭和30(1955)年7月と書かれていますが、『全日記 小津安二郎』で確認すると、この写真が撮られたのはおそらく7月23日。小津はそのひと月前の6月24日にシナリオを書き上げて、しばらくゆっくりとした日々を送り、7月15日から『早春』のロケハンを開始しています。
そして、7月23日の日記にはこう記載されています。
大森―蒲田 森ケ崎 品川ロケハン 大変あるく

「五反田」という地名は記されていませんが、『芸術新潮』に掲載されている7枚の写真はおそらくすべてこの7月23日に撮影されたものだろうと考えられます。

それにしても興味深いのは、この日のロケハンで確認した橋脚を『早春』ではなく、次の『東京暮色』で使っていたこと。いや、もしかしたら『早春』のときにこの橋脚のシーンを撮影したけども結局使わなかったので『東京暮色』で使うことにしたのかもしれません。
五反田という場所が、『早春』、『東京暮色』と続けて2つの映画の舞台に使われいるなとぼんやり考えていましたが、ポイントはこの橋脚だったんだということがわかりました。2つの作品をつないでいたのが、松本竣介の「鉄橋近く」の元のデザインの背後に描かれた池上線の橋脚だったとは。
もちろん、昭和20年5月24日の空襲でその橋脚がどれほど破壊され、そのほぼ10年後に小津がロケハンで撮影したときには、どれほど修復されたのかは知る由もありませんが。

いずれにしても、これでまた1枚、『早春』のロケハンのときに撮られた写真の場所を特定することができました。

ちなみに、これはこの日の小津をとらえたもの。愛用のライカを構えていますね。このとき小津は51歳。
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この場所(石橋?)もどこか気になります。石柱には「国鉄労組」と書かれた張り紙が残っています。背後に見える建物も駅関係の建造物のような気がします。たぶん五反田駅か蒲田駅のどちらかの近辺だろうと推測しています。
背後の掲示板に貼られたポスターには「チャンピオン 大塚」の文字が見えます。これはどうやらまさに1955年にボクシングのバンタム級のチャンピオンだった大塚昌和のようですね。で、「挑戦者元チャ 小」と見えるのは、その前のチャンピオンの小室恵市かなと。もちろん、全く知らないボクサーの名前ですが。
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by hinaseno | 2014-07-07 10:08 | 映画 | Comments(0)