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by hinaseno
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松本竣介の絵と小津安二郎の映画がつながる話


今日は(今日も?)かなり長い話になります。ただ、たぶん明日から2日ほどブログを書けないと思いますので、もしよければ何日かに分けて読んでみて下さい。個人的には最高に愉しい話だったので。
松本竣介の絵と小津安二郎の映画がつながる話。

ところで、今、聴いているのは小津の映画『東京暮色』のテーマソングでもあり、『早春』の中でも使われた「サセレシア」という曲。



こちらに貼った音源はスコアをもとにして録音し直されたもの。僕が聴いているのは『東京暮色』のDVDから直接作った音源です。そういうのはCDとかになっているのかな。

ここ何日か、また『東京暮色』を観ていました。1957(昭和32)年の作品。『早春』の次作ですね。この『東京暮色』の次の『彼岸花』から小津はカラーの作品を作り始めます。つまり小津にとっては最後の白黒映画。映画では、これでもかというくらいに黒(=暗さ)を強調しています。
で、この映画の最も深刻な場面ともいえる、原節子が山田五十鈴に妹の死を告げ(「あ母さん、あなたのせいです」と言うんですね)、で、山田五十鈴が一人でお酒を飲みにいくというシーンでずっと流れているのが「サセレシア」。でも、これはあまりにシーンに引きづり込まれてしまっていると気づかないんですね。『早春』で池部良が、翌日に亡くなる友人を見舞いに行ったときにずっとバックに流れていることに気づかないのと同様に。

というようなことは、以前にも書いた気がしますが、今回『東京暮色』を観ていて、思わず目を留めたのが、映画の中で何度か出てくるこの場面でした。
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大きな橋脚と2本の線路。 この場面が何度目かに映されたときに、はっと、これはもしかしたら松本竣介が描いたあの場所ではないかと思ったんですね。一度しか映し出されなければ、絶対に気づかなかっただろうと思います。それから、つい先日、 洲之内徹の『気まぐれ美術館』を読んでいたことも。

これは五反田の駅近くの鉄橋を映した場面。山田五十鈴と中村伸郎の経営している麻雀屋が五反田駅の近くにあって、この場面がそこが五反田であることを示しているんですね。五反田は『早春』でも浦辺粂子のおでん屋がある場所として出てきます。

この場面、よくみると橋脚に水の反射がゆらゆらと。
水の反射がゆらゆらというのは、小津がわざと入れたりすることがあるのですが(『早春』の大森海岸のシーンもそうですね)、ここではもちろんそんな大がかりなことができるはずもなく、この橋脚が、まさに川のそばに建っていることを示しています。

五反田駅近くで川といえば、目黒川! 
そこにかかっている鉄橋といえば、とぱっと浮かんだのが松本竣介のこの「鉄橋付近」という絵。1943(昭和18)年、まさに戦争の真っただ中に描かれた絵です。
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この「鉄橋付近」にはもう一つ油絵で描かれたものがあります。上の絵は茶を基調にして描かれていますが、こちらは”青”。1944(昭和19)年に描かれています。デザインはほぼ同じですね。 図録では絵のタイトルは「鉄橋近く」となっています。ちなみにこの絵を所蔵しているのは岩手県立美術館。
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松本竣介には「鉄橋近く」と題した素描がほかにもいくつもあります。すべて1943年から44年にかけて描かれたもの。

この絵についてはつい先日、洲之内徹の『気まぐれ美術館』で興味深い話を読んだばかりでした。「松本竣介の風景」と題されたエッセイ。その「松本竣介の風景(2)」で、この「鉄橋付近(近く)」の絵が取り上げられています。『芸術新潮』1975年10月号に掲載されたもの。

この絵に描かれていた場所は、もともとは竣介の家のあった下落合あたりと考えられていて、洲之内さんが当時持っていた画集にもそう記載されていたようです。
ところがある日洲之内さんのところに画家の丹治日良さんから連絡が来るんですね。「鉄橋付近(近く)」の場所を発見したと。この丹治さんというのがなかなか鋭い人で、丹治さんのことを書かかれた部分を読むと、なんとなく大瀧さんにかぶるところがあります。

丹治さんが絵の場所を発見したのは1975年の6月8日だったとのこと。「たまたまその日は松本竣介の命日であった」と書かれています。そういうことってあるんですね。
その日丹治さんは五反田駅近くの目黒川のあたりを歩いていて、「思いがけず」絵の現場を発見したそうです。といっても、上に貼った2枚の「鉄橋付近(近く)」の絵を見ていただけでは場所は絶対にわからなかったはず。この五反田のあたりは戦争による空襲で焼け野原になってしまったのですから。
洲之内さんも「もしタブロオの『鉄道近く』だけしか頭になかったら、いかに丹治さんといえどもこの現場は見逃したかもしれない」と書いています。

丹治さんがすごいのは、”その場所”に辿り着いたときに松本竣介のこの無題のデッサンを思い浮かべたことでした。
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丹治さんは以前から、このデッサンの左3分の1ほどが油絵の「鉄橋付近(近く)」になっていることに気づかれていたんですね。下に貼った洲之内さんの手書きの地図の右下に示された場所で、そのデッサンに描かれたものとほぼ同じ風景を発見したんですね。
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これが1975年の夏くらいに、たぶん洲之内さんが現場で撮影した風景。
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『気まぐれ美術館』で、この話を読んだときに、僕はこの地図を見つつ、Google Mapでずっとこの五反田駅近辺を探っていました。ときどきはストリート・ビューを眺めたりして(これをやっていたので、頭の中には当時の国鉄の五反田駅と池上線の五反田駅、目黒川、鉄橋のイメージが入り込んでいました)。

これがほぼ同じあたりでストリート・ビューで見た風景。
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本当はもう少しだけ南に下がって目黒川に近づいてみたかったのですが、ストリート・ビューでは無理でした。

ところで、上の無題のデッサン。『気まぐれ美術館』には白黒で小さく載っているのですが、僕の持っている400ページを超える『生誕100年 松本竣介図録』には載っていませんでした。
でもネットで調べたらあったんですね。しかもカラーで。そして、なんとこのデッサンも岩手県立美術館に所蔵されているんです。岩手県立美術館のサイトに載っているこの絵には、おそらくは丹治さん、洲之内さんの研究があったからこそだとは思いますが「鉄道近く」という題名がつけられていました。

このデッサンのポイントはなによりも、当時の国鉄の鉄橋の向こう側に池上線の鉄橋が描かれていることなんですね。

で、『東京暮色』の五反田のシーンで最初に映されるのは、どうやら目黒川をはさんで池上線の五反田駅をとらえたものとのこと。
それを確認するためにネットで調べていてヒットしたのは、先日紹介した藤田加奈子さんのこの日のブログでした。まだ、読んでいなかったページ(内容が濃すぎて、とても辿り着けません)。同じ写真を貼ってあったのでびっくりしました。でも、松本竣介の絵のことには触れられていませんでした。

というわけで、Google Mapで、松本竣介が「鉄橋付近(近く)」のデッサンを描いた場所を赤丸と矢印で、小津の『東京暮色』の五反田のシーンで映し出された場所を青丸と矢印で示しておきます。本当は現場に行ってみるのが一番なんですが、ちょっと無理ですね。
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でも、僕は昨年の暮れに、どうしても五反田から池上線に乗ってみたくて、電車を待つ10分ほどの間、駅のホームからこのあたりの風景を見ていました。まさか、その真下のあたりで松本竣介があの絵を描き、小津が『東京暮色』を撮っていたとは。
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by hinaseno | 2014-07-06 11:40 | 雑記 | Comments(0)