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by hinaseno
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「今夜、君は僕のもの」(その1)


『ナイアガラ・ソングブック 30周年記念盤』に関するインタビューで、アルバムの「メイン」だと語った「幸せな結末」について、えっと思った大瀧さんの言葉。
〈幸せな結末〉。俺はドリフターズの〈ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー〉のつもりなのよ。何のことはない。

「幸せな結末」は、大瀧さん自身が何度も語られていたように「True Love Never Runs Smooth」を下敷きにして作られたんだと思っていましたから、ちょっとびっくり。
確かに、”髪をほどいた〜”と同じメロディラインが何度も出てきますね。気づきませんでした。ラッツ&スターの歌った「Tシャツに口紅」なんかは、もろドリフターズ、ベン・E・キングなフレーズが出てきてわかりやすかったのですが、これはわかりにくい。

この「幸せな結末」に関しては、『ナイアガラ・ソングブック』のストリングス・アレンジをした井上鑑さんにからめた興味深いエピソードが語られています。
もともと大瀧さんが『ナイアガラ・ソングブック』というストリングスによって演奏されるアルバムを作ろうと思ったのは、『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に収められた「白い港」のストリングスの部分を聴いて感動したがきっかけ。そのストリングス・アレンジをしていたのが井上鑑さんだったんですね。
ちなみにナイアガラ初期の大瀧さんの曲のストリングス・アレンジをしていたのは山下達郎さん。『ロング・バケーション』は松任谷正隆さんと前田憲男さん。井上鑑さんが大瀧さんの作った曲のストリングス・アレンジをした最初の作品は松田聖子の「風立ちぬ」でしたっけ(例のキュルキュルが聴かれます)。
それから『ナイアガラ・トライアングルVol.2』以降の大瀧さんの、ほぼすべての作品のストリングス・アレンジを井上鑑さんがするようになるんですね。で、鑑さんのストリングスに聴き惚れたからこその『ナイアガラ・ソングブック』。井上鑑さんがいなければ、『ナイアガラ・ソングブック』が生まれることはありませんでした。

面白いのは井上鑑さんというのは元々ポップス畑の人ではなかったということ。このインタビューを読んで初めて知ったのですが、井上鑑さんの父親はかなり有名なクラシックのチェロ奏者で、鑑さんはずっとクラシックを聴いて育ったんですね。
ということなので、大瀧さんが作った曲に対して、鑑さんは大瀧さんの予想外のアレンジをするのですが、それがどうやら大瀧さんのツボにはまったようで、だからこそずっと鑑さんにストリングス・アレンジを任せるようになったようです。
きっかけは「白い港」、そして大瀧さんにとっては2度目の興味深い出来事が起こったのが「幸せな結末」。

さっき引用したのは、この言葉の途中に出てきたものでした。
何年か経って(「白い港」と)同じようなことがあった。2度目。〈幸せな結末〉。俺はドリフターズの〈ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー〉のつもりなのよ。何のことはない。でも、鑑はもともとクラシックの人だから、あの人の範疇で捉えるじゃない? 鑑はあれを『ウェストサイド・ストーリー』の〈トゥナイト〉だと思ってアレンジしているわけ。ドン・ダーン、ドン・ダーン…って。

そしたら歌詞も、”今夜、君は僕のもの”で。これがポップス好き同士でやったらこうはならないだろうなと思って。

”今夜、君は僕のもの”という歌詞、確か大貫妙子さんの番組に出たときに、大貫さんから「あんまりにもダイレクト過ぎないですか?」ってつっこまれたところですね。もちろん大瀧さんも最初にその歌詞を見たときにそう思ったはず。新春放談でもあの部分、死んでも歌いたくなかったって言ってたような。
でも、結局その部分の歌詞を残したのはこういういきさつがあったからだったんですね。鑑さんとのつながりを考えて。

インタビューの最後の方でこんなことを話されています。
〈白い港〉で鑑のストリングス・アレンジを聴いて『ナイアガラ・ソングブック』を作って、それで〈トゥナイト〉に至る。だから〈幸せな結末〉は鑑のオケに乗って歌った初ものっていうことになるわけで。君たちが言う『ナイアガラ・ソングブック』で歌ってくれないかっていうのは〈幸せな結末〉でやったんだよ。ひとつやったからいいじゃない。

というわけで、井上鑑さんがストリングス・アレンジしたオケに乗って大瀧さんが歌った初めてで最後の曲が「幸せな結末」だったと。たまたまだったのかどうなのかはわかりませんが、大瀧さんがそのメロディの下敷きにしたドリフターズの「ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー」はリズム&ブルースで初めてストリングスを使ったヒット曲。
「初めて」の「ストリングス」で見事につながっています。大瀧さんに関してはいつものことながら、ちょっとできすぎた物語。

ちなみにドリフターズの「ゼア・ゴーズ・マイ・ベイビー」のストリングス・アレンジをしているのはスタン・アップルバウム。
アメリカン・ポップス伝パート4の最後に(というか『大瀧詠一のアメリカン・ポップス伝』の最後の最後に)かかったジョニー・ソマーズの「ワン・ボーイ」のアレンジはドン・ラルクでしたが、それ以降の彼女のほとんどのヒット曲のアレンジをしていたのが、そのスタン・アップルバウムでした。先日の「避暑地の出来事」のアレンジもそうですね。まさに50年代から60年代ポップスへの架け橋のような人。
スタン・アップルバウムのアレンジしたジョニー・ソマーズの曲といえば、なんといってもこの「ジョニー・ゲット・アングリー」(邦題は「内気なジョニー」)。



ああ、こんな素敵な物語を大瀧さんの言葉で聴いてみたかった。ポップスの上っ面をなぞっただけの僕とは比べものにならない、もっと豊潤な話を。
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by hinaseno | 2014-05-17 09:31 | ナイアガラ | Comments(0)