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by hinaseno
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「後の二つだったらその瞬間、”ごめん、なかった話にしてくれ”って言うつもりだった」


昨日の銀次さんの「4曲」の話がだれにつながっていくかというと、佐野元春さんなんですね。もちろん『ナイアガラ・トライアングルVol.2』に収められた佐野さんの4つの曲のこと。
その前に、『ナイアガラ・トリアングルVol.1』としては銀次さんが高円寺のムーヴィンで達郎さんの『Add Some Music To Your Day』を聴いた1973年の初夏のある一日と、達郎さんが長門さんとともに大瀧さんの家を初めて訪ねる8月18日というのが重要な一日となっているのですが、『ナイアガラ・トライアングルVol.2』として最も重要な日は1981年7月24日。この日のことが大瀧さんの口から詳しく語られていたのですが雑誌掲載時にはカットされていたんですね。こんな部分をカットするなんて。
ちなみに『KAWADE夢ムック 増補新版 大瀧詠一』の巻末に収められた年表をみると、この日のことはこう記載されています。
『ジャコバン・ライヴ・ウィーク』最終日、杉真理ライヴのゲスト・ステージ上で、『TRIANGLE Vol.2』の誘いを呼びかける。杉と佐野元春、快諾。

でも、実際はもう少し、深い裏話があったんですね。一歩間違えれば『トライアングルVol.2』はなかったという紙一重の話。

1981年7月24日に行なわれていたのは新宿のルイードというライヴハウスでのジャパニーズ・コンテンポラリー・ミュージックというイベント。年表に書かれている「ジャコバン」は「ジャパコン」の記載ミスでしょうね。
4日間のライブで佐野さんは初日に出演。『MOSTLY MOTOHARU』に収められた佐野さんの年表をみると7月21日に「新宿ルイード」との記載があります。バックのThe Heartlandのメンバーのうち、ギターを弾いていたのはおそらくその日も伊藤銀次さんだったはず。

さてその最終日に出演したのが杉さん。まさに杉さんがライヴをやっているときに、その会場の下の喫茶店に大瀧さんが佐野さんを呼びだします。で、そのときにはじめて、それまでだれにも言ったことのない『トライアングルVol.2』の話を佐野さんにするんですね。
『トライアングル』やらない? どう?って佐野くんに初めて訊いたんだよ。そのとき、佐野くんの反応として3通り予想していた。即、”やります”っていうのがひとつ。”ありがたいお話ですが考えさせてください”っていうのがひとつ。もうひとつは”ありがたいお話ですが相談する人がいます”という選択肢。この三つのどれかだろうと思ってたわけ。

まあ、その場で断られることはないだろうとは思いますが、佐野さんは大瀧さんと同じソニー系列とはいえレコード会社が違っていたので、相談しなければならない人がいる話ではあったはず。でも、大瀧さんの話はこう続きます。
後の二つだったらその瞬間、”ごめん、なかった話にしてくれ”って言うつもりだった。俺はね、そういう男なの。ところが、話が終わるか終わらないかのうちに佐野くんは目を爛々と輝かせて”ぜひやらせてください!”って前のめりになったんだよ(笑)。それはびっくりしたね。

こんなやりとりが自分のライヴ中に行なわれていたなんて、このインタビューが行なわれた2012年まで杉さんは知らなかったようです。杉さん、「そんなことも知らずに、もう…」って言ってますね。

で、大瀧さんの話を受けての杉さんの言葉。
今日(ライヴの最終日、つまり1981年7月24日)は大瀧さんが来てるってことで、僕がステージで紹介して、そのとき大瀧さんが何の話をするのかなと思ってたら、70年代の『ナイアガラ・トライアングル』の話をし始めたから、はぁ〜…って聞いてたら、いつの間にか『VOL2』の話になって。確かそこで”佐野くん、どうだい?”って訊いて。俺なんかもう”やるやる! やりますってば!”みたいにアワアワしてたのに、佐野くんは”…はい、やります”とかクールに答えてて。あの余裕はすごいなぁ、よくあれだけ溜められるなって感心してたんだけど。なんだ、違うんだ(笑)。そうか、下ではそういうことだったんだ。

というわけで、3人はまず「ナイアガラ・トライアングルVol.2」というグループ名で「A面で恋をして」のシングルを出して、いよいよ『ナイアガラ・トライアングルVol.2』のレコーディングが始まります。
佐野さんが最初に作ったデモテープは「Bye Bye C-Boy」と「彼女はデリケート」。「Bye Bye C-Boy」は佐野さんが、まだ10代のときに作っていた曲ですね。1974年に佐野さんが出たポプコンで演奏した、佐野さんにとっては思い出深い曲。
それから「彼女はデリケート」は大瀧さんのリクエストとのこと。『MOSTLY MOTOHARU』に載っている1981年3月の新宿ルイードで行なわれたセットリストにすでに「彼女はデリケート」は入っているので、おそらく大瀧さんは何度かライヴを見に行って、まだアルバムに収められていないいくつかの曲(他には後に『サムデイ』に収録されることになる「アイム・イン・ブルー」や「二人のバースデイ」が歌われています)の中で、「彼女はデリケート」を気に入ったんでしょうね。

さて、問題はあと2曲。それが、例の「4曲」の話へとなっていくのですが、それはまた次回。
自分で書いていながら言うのも変ですが、めちゃくちゃ面白いです。
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by hinaseno | 2014-05-11 10:23 | ナイアガラ | Comments(0)