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by hinaseno
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「窓」をめぐる断章(その4)― もしも牛窓に産業廃棄物処分場が建設されていたならば


『あの人、この人 牛窓人物誌』には、普通の情報誌には載っているはずの写真は一切ありません。ところどころに牛窓の風景を描いたモノクロのイラストが載っているだけ。「聞き書き」とのことですが、文章をまとめた筆者自身の思いもそえられています。そこにはおおげさな言葉は一切なく、言葉のトーンはあくまで静か。どの人の章を読んでも、取り上げた人への敬意にあふれたやさしいまなざしが感じられます。

僕が手にとった冊子の最初に載っていたのは「木造船棟梁」。昔、大阪の遺跡から発見された船形埴輪を復元した人でもあるとのこと。そのニュース、確か全国紙で読んだ記憶がありました。それが牛窓の人だったとは。復元できる技術は牛窓にしかなかったとのことです。
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ちなみにこれは牛窓の造船所を写したもの。作業している人は誰もいませんでした。船を作っている造船所が近くに一軒ありましたが、こちらの造船所はもう船を造らなくなってしまったのかもしれません。船に使われるはずのきれいなカーヴをえがいた木材がいくつも横たわっていました。

川本さんも初めて牛窓に来たときに木造船を造る家を訪ねられていました。藤井正吉さんという方。『あの人、この人 牛窓人物誌』に載っていた人とは違っていました。川本さんが牛窓を訪ねられたとき(今から25〜6年前)にも牛窓の船大工は数少なくなっていたようですが、現在はどうやら一軒だけのようです。

その次に読んだのは、その冊子の最後に収められていた牛窓の「最後の町長」。
牛窓町は今からちょうど10年前に近隣の町と合併して瀬戸内市になったのですが、そこに至る様々な紆余曲折が書かれていました。知っていることもあれば、全く知らなかったことも。
一番驚いたのは牛窓に産業廃棄物処分場建設の話が進められていたこと。この最後の町長は「反・産業廃棄物処分場建設」を掲げて町長選に立候補されたそうです。いろんな利権・思惑が絡んでの相当に厳しい選挙戦だったようですが、町民への理解も次第に深まり結果的に大差で当選。当選後、県に処分場の建設を白紙撤回させたそうです。

もしもこのときに処分場建設を支持する側の人が当選していたならば、どうなっていたんだろうかと考えます。処分場建設の対価としてたくさんの金が牛窓に落ちて「牛窓町」という名前は残ったかもしれません。でも、きっと僕が「帰窓」したいと思えるような牛窓の町はなくなっていたにちがいありません。
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by hinaseno | 2014-04-30 10:18 | 雑記 | Comments(0)