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「窓」をめぐる断章(その1)― たぶんそれは私が料理人じゃなくて作詞家だから


真っ白で高くそびえる大邸宅が何なの
窓とドアにすぎないじゃない
宮殿が何なのか教えて
よく考えてみたら
天井と床でしょう

窓とドア
天井と床
本当の愛はお店では買うことのできないもの
窓やドアのように
天井や床のように

これはジャッキー・デシャノンが歌った「Windows And Doors」。
曲を書いたのはバート・バカラック。そして詞を書いたのはハル・デイヴィッド。



この歌詞について、ある人がハル・デイヴィッドに「なぜ、『窓とドア』なんですか、『ポットとフライパン(pots and pans)』じゃなくて」と訊ねたそうです。どうやらそのときにははっきりとした答えを返すことができなかったみたいですね。でも、あとになってハル・デイヴィッドはこう考えました。
たぶんそれは私が料理人じゃなくて作詞家だから、だと。

この話はハル・デイヴィッドのおそらく唯一の著書『What the World Needs Now and Other Love Songs』(Trident Press 1968)に書かれています。ハル・デイヴィッドが歌詞を書いた曲の詞と、その曲にまつわるハル・デイヴィッドのちょっとした話が収められた本。残念ながら日本語に翻訳されていません。
バカラックの自伝が翻訳され評判をよんでいる今だからこそ、翻訳、出版されてほしいです。バカラックのような華麗な女性遍歴は何ひとつ書かれていないので面白みには欠けているかもしれませんが、曲に関する興味深いエピソードがいくつもあって、いつも手元に置いてときどき眺めています。それぞれの曲が書かれてから、まだそんなに歳月が経っていない時期のものなので、事実関係も信用がおけます。
「Raindrops Keep Fallin' On My Head」の歌詞の”Raindrops Keep Fallin' On My Head”の部分はバカラックがメロディを考えているときにバカラック自身から出てきた言葉だということが『バート・バカラック自伝』に書かれていたので確かめようと思ったら、この本の出版された1968年には、まだ曲が生まれていませんでした。
この本の存在は、小西康陽さんの『ぼくは散歩と雑学が好きだった』で知りました。小西さんはだれかにプレゼントされたんですね。

さて、ここのところずっと気になっているのは「窓」のこと。いろんな「窓」についての話があって、どれから書いてよいやらです。世界にはあまりにもたくさんの、いろんな種類の「窓」がありすぎます。
そういえば、バート・バカラックとハル・デイヴィッドが書いた曲に「The Windows Of The World」という曲があります。たくさんの人に歌われていますね。社会性を含んだ詞も素晴らしい。ハル・デイヴィッド自身も「私が書いた作品の中でも特にお気に入り」とのこと。僕は”Everybody knows”という部分が好きです。メロディと詞が見事に重なりあっています。



このコンビでは他にも「Window Wishing」というタイトルの曲があったりと「窓」はハル・デイヴィッドにとっては重要なモチーフだったようです。

考えてみると村上春樹もそれに気がついていて、だから「バート・バカラックはお好き?」という短篇のタイトルを「窓」に変更したのかもしれません。

話は少し変わって、一昨日は達郎さんや大貫妙子さんのいたシュガー・ベイブの『SONGS』が発売された日でした。
今から39年前の1975年4月25日。レーベルはもちろんナイアガラ。大瀧さんが設立したナイアガラ・レーベルの第1号の作品。
最近は大貫妙子さんの曲をよく聴いているのですが、この『SONGS』に収められた大貫さんの曲の歌詞を読むと、「街」という言葉はあっても、主人公の少女はその「街」には入ることはできなくて、彼女がいるのはおそらくは小さなアパートの「窓」のそば。「蜃気楼の街」や「風の世界」には「窓」という言葉が出てきます。
その「窓」から「街」を眺めて、「街」へ「飛び出す」こと、「かけ出す」ことを考えているけれど、まだドアを開けてそこに出て行く勇気がもてない。そんな詞ばかり。

大貫さんに「どうしてそんな詞を?」と訊いたら、ハル・デイヴィッドと同じように「たぶんそれは私が料理人じゃなくて作詞家だから」と答えてくれるかもしれません。大貫さんは作曲家でもあるんですが。
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by hinaseno | 2014-04-27 11:25 | 雑記 | Comments(0)