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by hinaseno
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佐野元春×浦沢直樹(その3)


見ることのできなかった前半部分(対談していた場所はおそらく浦沢さんの仕事場)はさておき、後半は対談の舞台が変わります。場所はニューヨーク。佐野さんは『Someday』を発表した後、突然日本を離れてニューヨークに渡るのですが、僕も佐野さんのファンになったばかりのときだったので、当時ずいぶん驚きました。
でも、ニューヨークという街から佐野さんが体全体で受けとめていたものを、ラジオ(元春レディオショー)や雑誌(『THIS』)など、色んな形で発表してくれて、今になって考えてみると、その時期の佐野さんに最も影響を受けていたように思います。音楽ではなくて、言葉と写真(多くはモノクロ)に。
その時期に佐野さんが過ごしていた場所(元春レイディオショーでかけるためのレコードを買っていたレコードショップ、詞を書いていたカフェやセントラルパーク、あるいは佐野さんもポエトリーリーディングに参加したという教会、最後はかの有名なビッグピンク)を浦沢さんと訪ね歩きながら対談が行われます。いや興奮しました。これが見れただけでも大満足でした。

で、番組を観終えた後、『THIS』や『ELECTRIC GARDEN』を取り出して、当時の写真を眺めていました。番組を録画できなかったので確認できませんが、例えば佐野さんと浦沢さんが話をしていたカフェのテーブルは、この写真の場所かなと思ったり。
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1984年発行の『THIS』(Volume 4)には大瀧さんのかなり長いコメントが載っています。最も興味深いのは「A面で恋をして」を録音していたときの話。有名(?)な”Oh, yeah!”事件ですね。大好きなエピソード。
「A面で恋をして」のときも、”Oh, yeah!”ってひとことだけでもうまくのっかるまで何度もやり直してたもの、ひとりで。関係者一同、みんなあきれ顔してたけどさ、もう気のすむまでやらせたよ。思いきりやれって(笑)。あの人は”Oh, yeah!”のやり方ひとつで他の部分が光もするし、かげりもするってことをよく知ってるんだ。だから、どの”Oh, yeah!”にするかっていうのは大きいんだね、彼にとって。スタジオのすみの方へ行って何度も練習していたもの、”Oh, yeah! Oh, yeah!”って。まいったね(笑)。

気のすむまで思いっきりやれっていう理解者がいたっていうのは佐野さんにとっても幸せなことだったでしょうね。

大瀧さんは佐野さんがニューヨークで生活することによってサウンドが大きく変わることを予測しています。
精神とかはそんなに極端に変わらないだろうけど、サウンドの好みはきっと変わる。今よりもわりとあったかめにするか、またはソリッドにするか。それは大きな意味を持ってると思うよ。あの人の音作りにとって。次のアルバムに針を落とした瞬間、ドアタマでどんな音が飛びだしてくるか、そこがいちばんの興味だね。

で、発表されたのが『VISITORS』。僕が初めて発売当日に買った佐野さんのアルバム。浦沢さんも発売当日に買われたとのこと。
そのアルバムに針を落とした瞬間、つまり1曲目の「Complication Shakedown」の最初の音が飛びだしてきたときの驚きといったらなかったですね。戸惑いに近い驚きでしたが。もちろん浦沢さんも、多くの佐野さんファンも驚き、戸惑われただろうと思います。でも、それがまさに1980年代初頭のニューヨークの空気。
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by hinaseno | 2014-04-08 11:42 | 雑記 | Comments(0)