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by hinaseno
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春が来るとバート・バカラックを思い出す


『象工場のハッピーエンド』に収められた「ジョン・アプダイクを読むための最良の場所」は何度読んだかわからないくらいに好きなエッセイ。その書き出しの部分はほぼ完全に記憶しています。
春が来るとジョン・アプダイクを思い出す。ジョン・アプダイクを読むと1968年の春を思い出す。我々の頭の中には幾つかのそのような連鎖が存在する。ほんのちょっとしたことなのだけど、我々の人生や世界観はそのような「ほんのちょっとしたこと」で支えられているんじゃないか、という気がする。

この文章の影響でジョン・アプダイクの小説をいくつも読みました。でも、僕の場合はこうなります。
春が来るとバート・バカラックを思い出す。バート・バカラックを聴くと1990年代の春を思い出す。我々の頭の中には幾つかのそのような連鎖が存在する。ほんのちょっとしたことなのだけど、我々の人生や世界観はそのような「ほんのちょっとしたこと」で支えられているんじゃないか、という気がする。

というわけで、昨日からずっと聴いているのはバート・バカラックの「Not Goin' Home Anymore」。インストルメンタルの、どこか懐かしさを感じさせる素敵な小品です。



この曲にはハル・デイヴィッドが詞を付けたものもあります。タイトルは「Where There's A Heartache (There Must Be A Heart)」。僕はアストラッド・ジルベルトの歌っているものが好きです。



そんなバカラックの曲を聴きながら今朝から考えていたのはタモリさんのこと。

ここ数日はタモリさんでしたね。32年間も続いた『笑っていいとも』が終わったという。
その「笑っていいとも」が始まる前年の1981年に、タモリさんに関わる大事なプロジェクトが進められていたんですね。大瀧さんプロデュースによるタモリさんのアルバムが制作されていたという。『A LONG VACATION』完成直後のこと。でも、タモリさんも、そして大瀧さんも、それぞれに急激に忙しくなってプロジェクトは中断。
数曲は作られていたようですが未発表のまま。大瀧さんがタモリさんとどんな楽曲を生み出していたのか、ものすごく気になります。作品として形になっているかどうかはわかりませんが、1曲でもいいから発表してもらえたらと思っています。

それとは別に、大瀧さんは『タモリ倶楽部』をよく見ていたようで、大瀧さんが新たな関心の対象に向かうときに、同じ年回りのタモリさんも同じようなことをやってるなと、新春放談で何度か語られていました。
「街歩き」もまさにそうですね。タモリさんの坂好きは有名。日本坂道学会の副会長もされています。

『東京人』の2007年4月号には「タモリの東京坂道ベスト12」というのが載っています。タモリさんが選んだ坂は、青木坂(広尾)、狸穴坂(麻布)、綱坂(三田)、道源寺坂(六本木)、鼠坂(音羽)、湯立坂(小石川)、胸突坂(目白台)、鮫河橋坂(四谷)、なべころ坂(中目黒)、相ノ坂(青葉台)、名もなき美坂(白金)、桜坂(田園調布)。
「名もなき美坂」は、どうやらタモリさんの命名のようです。写真を見る限り僕が行ってみたいのは昭和の匂いがする狸穴坂(「まみあなざか」と読むんですね)です。今調べたらサザンの曲にも出てくるようです。

いずれにしても『ブラタモリ』の復活を願っています。
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by hinaseno | 2014-04-02 08:45 | 雑記 | Comments(0)