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by hinaseno
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ページに栞を挟んでいたけれど


ペーパーバックのページの端を折っておくのは、もちろん栞がないから。でも、日本の本には、便利なんだけど、ときには邪魔くさく感じられることもある、紐状の栞(スピンというんですね)がついています。
邪魔くさく感じられることがあるのは、僕が寝転んだ状態で読むことが多いから。どこか別のページに挟んでおかないと、垂れ下がってきますからね。昔は鬱陶しくて根元から切っていたことも。

それはさておき、栞を挟んだまま、見当たらなくなっていた本の話を。
大貫妙子さんの『私の暮らしかた』です。
いろいろと忙しい日々が続いていて、それからもちろん大瀧さんが亡くなられてから読書に集中できない状態も続いている中で、いつの間にかこの本は手放せない本になっていました。
前にも書いたように、この本を連載していた『考える人』をある時期、ほぼ毎号買っていましたので、かなり読んでいたつもりでいましたが、読んでいない時期のものが半分以上あることがわかりました。読んでいたものでも忘れていたり。

僕が『考える人』をずっと買っていた最後はいつだったろうかと調べてみたら、2010年夏号でした。それ以後はよっぽど読みたい特集がある時に2冊ほど買っただけ。
2010年夏号の特集は「村上春樹ロングインタビュー」。3日間にわたってインタビューしたものが掲載されている、村上さんのインタビューを読めるものとしては最高のものだと思っています(随所に収められたモノクロの写真も素晴らしい)。このブログでも何度か引用しました。このインタビューの聞き手を務められた松家仁之さんがこの号で『考える人』の編集長をやめられたんですね。
2010年夏号までということは、震災以降は読んでいないことになります。

ところで、最近発売される、雑誌などで連載されていたものを集めた本は、そこに震災という大きな出来事が入ってきます。そこで価値観を大きく変化させられていたり、そうでなかったり。
僕が手にとる本を書いている人は基本的にはたいてい後者。そういうことを想定していたわけではないにせよ、効率という名の下で次々に生み出されていたものとははっきりと距離を置いた生活をしていた人たちばかり。大貫さんの『私の暮らしかた』の最初に書かれているエッセイは2005年12月号に掲載されたものですが、それを知らずに手にとった人は、もしかしたらこの本を、あたかも震災以後に書いたものだと感じるかもしれません。
大貫さんは不必要にものを消費する社会と距離を置き、一方で農業(林業も)の大切さを考え、実際に農村に行って農作業をされるという、かなり徹底した生活をずいぶん前から始められていたんですね。
2009年10月に大貫さんの番組に大瀧さんがゲストで呼ばれた時、大瀧さんは大貫さんのことを出会った当初から「無農薬な感じ」だったと言われていました。大貫さん自身も震災以前に何度かの価値観の転換をもたらすような出来事がいくつもあったのかもしれませんが、本来、そういう方だったんでしょうね。

さて、その大貫さんの本、半分くらい読んだときに、どこにいったか見当たらなくなってしまいました。カバーを外したのが失敗でした。本を読むときには基本的にカバーを外すんですね。で、大貫さんの『私の暮らしかた』はカバーを取ると、真っ白。背以外には何にも書かれていないんですね。
で、ちょっとした時間があるときには読もうと、やや大きめのカバンに入れて持ち歩いていたのですが、ある日、見当たらなくなりました。他の本は読む気になれない、でも読みたい本はどこにいったのかわからない。こんな悲しい状況ってなかったですね。どこかに置き忘れたんだろうか、それとも...。
部屋には家の近くを歩かれている大貫さんの姿を捉えた写真を収めたカバーが残されたまま。
置き忘れた可能性のある場所をいろいろ探しても見当たらない。で、数日前、何度も探したはずのカバンの中を探してみると、底の方に、ひょっこりと。まあ、そんなものですね。

昨夜、初めて震災以後に書かれた文章をひとつ読みました。特に大きく生活の形を変えるわけでもなければ、急にいろいろと抗議の言葉をあげるわけでもなく。無駄の多い社会に対してはそれ以前から異を唱え続けられています。

まだ、3分の2を読んだくらいですが、心に残っているのは、大貫さんの家にやってくるようになった猫が引っ掻いて破った網戸をそのままにしている話。その猫もどこかにいなくなってしまってさびしい気持ちになっている大貫さんの文章を読んでいたら、当然、内田百閒の『ノラや』のことを思い出してしまって、そうしたら内田百閒の『ノラや』に触れた話が出てきました。大貫さんが百閒を読んでいるのを知って、ちょっとうれしくなりました。

というわけで、百閒や大貫さんの猫とはちがって大貫さんの本は僕の手元に戻ってきたので、この本を読む日々を一日でも多く持つために、極力ゆっくりと読んでいこうと思っています。
この後大貫さんの家庭で、大貫さんにとっては震災以上の大きな出来事が起こることは知っているのですが…。
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by hinaseno | 2014-03-30 10:05 | 雑記 | Comments(0)