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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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ロックンロールが誕生した年に、大田区の蒲田の西の方で生まれていたもの


ようやく平熱に戻ったものの、味覚がなくなった状態が続いていて、食欲は戻ってきません。何より悲しいのは、朝起きたときと昼食後のコーヒーを楽しむことができない状態が続いていること。
このブログもコーヒーを飲みながら書くという習慣にしていたものなので、それがないと調子がどこか変。今はリンゴとヨーグルトを混ぜたものを食べながらこれを書いています。

ところで話は昨日の「こきりこ節」のことに。
ブログを書いたあとiTunes Storeでいい音源はないかと調べていました。
1つめにあったのは越中五箇山こきりこ節保存会の演奏したもの。2つめは山崎ハコさんがライブで歌ったもの。で、3つめにあったものを歌っていたのが...、
西六郷少年少女合唱団&鎌田典三郎。

西六郷!
そこはまさに小津安二郎の『早春』の池部良・淡島千景夫婦が住んでいた場所として設定されていた可能性が高いはずの、蒲田の西の多摩川に近い六郷地区にある場所。先日、東京に行ったときに歩いた場所です。

iTunesを見ると、 西六郷少年少女合唱団の歌ったものの音源は相当数あることが分かりました。レコードやCDが何枚も出てるんですね。

ってことでちょっと調べてみました。
西六郷少年少女合唱団を作ったのは、大田区の西六郷小学校に赴任してきた鎌田典三郎という音楽教師。東北、秋田の人ですね。当時来日していたウィーン少年合唱団に触発されて合唱団を結成したとのこと。最初は少年合唱団としてスタート、のちに卒業生や女子も加わって少年少女合唱団へとなったようです。
相当に厳しい指導がなされたようですが、その成果はめざましいものだったようで、1960年代の合唱コンクールの最優秀賞を総なめにし、NHKの音楽番組にもレギュラー出演したりと、”合唱の西六”の名を全国に轟かせたようです。

最も興味深かったのは結成された年。
なんと1955年。
まさにこの年、小津は六郷のあちこちを歩き回ってロケハンをし、そして『早春』の撮影をしていたわけですから。
1つの映画が撮影されていた、まさにそのすぐ近くにあった小学校で、新しい少年合唱の声が響き始めていたわけです。小津もきっと彼らの声を何度も耳にしていたような気がします。
個人的な思い出を書くと、僕も子供の頃にウィーン少年合唱団の映画を見て、強い憧れを抱いて合唱部に入りました。「こきりこ」を歌ったのは、その合唱部でのことだったのかもしれません。

西六郷少年少女合唱団が歌ったものでもっとも有名で、団歌として歌い続けられたのが「ぼくらの町は川っぷち」(作詞:峯陽、作曲:林光)という曲のようですね。川と工場に挟まれた風景を歌ったもの。iTunesで聴いてみたらとてもいい曲。遠い昔聴いた記憶があるような。
一番の歌詞だけ引用しておきます。
ぼくらの町は川っぷち
えんとつだらけの町なんだ
ふといえんとつ こんにちは
たかいえんとつ またあした
川のむこうに 日がのぼり
えんとつのけむりに 日がしずむ
そんな ぼくらの町なんだ

なんだか三石の町を歌ったもののようにも思えてしまいます。

最後に、『早春』のロケ・ハンのときに撮影されたスナップ写真を貼っておきます。1955年の、蒲田から六郷にかけてのどこかの風景のはず。
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by hinaseno | 2014-02-26 10:28 | 雑記 | Comments(0)