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「おっさんの発想は町工場だ」って、もう何度言われたかね。


今、注目のお笑い芸人といえば、この日のブログでも触れた居島一平さん。
昨日、ラジオデイズで平川さんとの対談がネットで見られることを知り、ちょっと空いた時間を利用して、こっそりと最初の30分ほどだけ視聴。とにかく爆笑に次ぐ爆笑、といきたいところでしたが、笑い声を出すわけにもいかなかったので、ぐっと抑えて(抑えるのが大変)、作業をしながら見てました。
居島さんの話は僕にとってはツボのオンパレード。映画、とくに小津の映画、あるいは歴史に対する造詣が深いのも強く共感を覚えるところ。その小津映画に関しての平川さんとの話は最高でした。岡山に関するうれしい話や、ドキッとするような話もいくつか。音源がアップされるのを心待ちにしています。

さて、先日ちょこっと書いたように、今、時間を見ては新春放談をパソコンに取り込んでいます。他の作業をしつつやっているのですが、どこを聴いても面白くて、ついつい作業の手が止まってしまいます。冗談っぽく語られながらも、滋養にあふれた言葉の連続。

昨日聴いたのは2003年1月5日に放送された新春放談。「蒲田」という言葉が大瀧さんの口からとびだして思わず聴き入ってしまいました。大瀧さんはまだ、このときには映画研究には入っていないはず。健康のために歩くようになったとは語られていました。

2003年といえば、大瀧さんと達郎さんが出会ってちょうど30年。というわけで、その出会いの頃のことから話が進んでいきます。
山下:今年でついに大瀧さんと出会って30年なんですよ。
大瀧:なりましたね。73年の...5月か...。
山下:8月ですよ。夏の暑いときです。
大瀧:暑かったね。蝉が鳴いてたね。
山下:9.21のひと月ちょっとぐらい前。
大瀧:8月? ああ。
山下:7月の終わりか8月のあたま。
大瀧:いよいよ30年ね。
山下:30年ですよ。
大瀧:僕も福生スタジオ30年ですからね、ちょうどこれで。
山下:だからあのとき大瀧さん、25歳だったんですね。
大瀧:ですね。若かったんだけどねえ。
山下:すごく老成してましたね、その頃に。
大瀧:25で、前にも言いましたけどね、子供ができて、スタジオを持って、で、プロデュースやって。グループ2つあってね、当時は。
山下:くっくっく。
大瀧:で、エンジニアやりつつ...とか。
山下:エンジニアってのがすごかったですよね。
大瀧:...も、やりつついろんなことを一気に。で、ラジオを、DJ自分で編集して、ていうのも一気にやってたわけでしょう。
山下:完全家内制手工業ですね。
大瀧:まったくね。
山下:今から考えるとね。その...、システムとか企画とかじゃないですもんね。全部個人から出てきたものですからね。
大瀧:まったく。今の、あれですね、蒲田とか、あの辺の、鋳物産業のような。それでも世界のどっかが技術を買いにくるとか...。
山下:買ってくれるんでしょう?
大瀧:そういうような。
山下:結構、やっぱり、それも実は昔からあるんですよね。
大瀧:ああいうようなことはね。ローカリズムの極限の、ある種のグローバリズム、っていうもの。だから世の中どうなるかわからなくて...。
山下:わからないですけどね。
大瀧:長い間いろいろ話をして、僕の理想とする会社経営っていうようなことを言うと、「おっさんの発想は町工場だ」って、もう何度言われたかね。
山下:でも、もとは町工場ですからね。
大瀧:というふうに僕は思うんだけどね。
山下:町工場の何が悪いのかって...。
大瀧:っていうことで、であるはずだっていうふうに、ずっと思ってやってきましたけどね。

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by hinaseno | 2014-02-20 09:04 | ナイアガラ | Comments(0)