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“動くロビン・ワード”を発見!(2)


ジャッキー・ワード(=ロビン・ワード)は「Wonderful Summer」の曲を書いたペリー・ボトキンJrといっしょにずっと仕事をしていたそうで、ある日、いつものように彼の書いた曲のデモテープを録音することになります。
ペリー・ボトキンJrはピアノかなにかを演奏しながらジャッキー・ワード(=ロビン・ワード)の前で歌を歌います。彼のまるでブロードウェイのミュージカルで歌われるような、やや大げさな歌い方をするのを聴きながら、もちろん彼女もそんな風な歌い方をすることはできたはずですが、どこか違和感を覚えた彼女は、16歳の少女のような感じで歌った方がいいんじゃないって彼に提案してそんな歌い方をしたんですね。すでに死語になっているのかもしれませんが「ぶりっ子」して歌ったわけです。そこでどんなに声がよくて歌のうまい16歳の少女が歌っても絶対に不可能な声が生まれたんですね。
実際、かなり数多くのアメリカン・ポップスのガール・シンガーの曲を聴いてきてわかったのは、本当の16歳の子に、あの情感は出せないということ。逆に歌のうまい子は、実年齢よりも上の大人びた歌い方をしようとするんですね。

で、できたテープを聴いたペリー・ボトキンJrもジャッキー・ワード(=ロビン・ワード)自身も、そこに”魔法のようなもの”が起きていることを感じとります。そのままそれをレコードにすれば絶対に売れるという。
というわけで、ロビンという娘の、つまり若い女の子の名前をつけて(軽い気持ちだったんでしょうね)「Wonderful Summer」を発売。大ヒットということになります。

でも、もちろん困ったことが起こります。
彼女の声に恋をしたティーンエイジャーの男の子たちが彼女をほっておかないんですね。彼女にファンレターを出したり、あるいは彼女の住んでいる家を探そうとした男の子もいたのかもしれません。おかげで彼女はあんまり外出できなくなります。
もちろん「Wonderful Summer」を歌うロビン・ワードのイメージと、4歳の子供をもっている本当の自分との違いを彼女自身もよくわかっていたので、メディアには一切出ないようにしたそうです。数枚メディアに流された写真は、きっと彼女の10代のものだったんでしょうね。

それでも今だったらメディアも、あるいは熱狂的なファンもほっておかなかったでしょうけど、当時はそうすることができていたんですね。まあ、結局数枚のシングルと、1枚のアルバムを作って、ロビン・ワードとしての活動をやめたわけですが。

それと重なるのかどうかはわかりませんが、『A LONG VACATION』で大滝詠一というミュージシャンを知ったとき、当時何人かデビューしていたシティ・ポップを歌う新人のひとりだと思っていました。
「大滝詠一って”新人”、なかなかいいよ」って何人かの友人に言ったかもしれません。
それが30歳のときに作られたもので、それ以前に長いキャリアがあると知ったときには、へえ〜と思ったものでした。もちろん初めて雑誌かなんかで写真を見たときにも、へえ〜っと。
当時『ロンバケ』を聴いてファンになった女性の中には、抱いていたイメージとギャップがありすぎて、怒った人もかなりいたとかって、よく大瀧さん(と達郎さんは)笑い話のように話してましたね。ある年の「新春放談」で、声と顔のギャップについて二人で話をしていたときには(結構二人とも怒ってた)大笑いでした。

このロビン・ワードの「Wonderful Summer」の生まれた1963年は大瀧さんにとっても、アメリカン・ポップスにとっても最も重要な年で、実は大瀧さんのアメリカン・ポップス伝はこの1963年の12月まで行く予定だったんですね。そのあとはイギリスのポップスの話になっていくと。
前回にようやく1960年に達していたのですが、あと何回、あと何年でそこにたどりつくんだろうかと、僕ですら途方に暮れる思いでいました。

大瀧さんの1963年は中学3年生。で、1964年の1月にラジオで初めてビートルズの「抱きしめたい」を聴いて衝撃を受け、高校に入って以降はアメリカン・ポップスを離れてイギリスの音楽ばかり聴くようになります。つまりきちんと分かれているんですね。中学までの、15歳までがアメリカン・ポップス、高校から、つまり16歳からがブリティッシュ・ポップス。
で、どこかで大瀧さんが話していたように思うのですが、『A LONG VACATION』は中学校までの思い出を歌にしたもの、『EACH TIME』は高校時代の思い出。曲作りに関してもそうですが、歌い分けてもいるんですね。
『A LONG VACATION』というアルバムに、おそらく永遠に自分のまだイノセントだった時期の憧憬を感じとってしまうのは、まさにロビン・ワードのように、長年の経験で培った高度な歌唱法の中に、大瀧さん自身がアメリカン・ポップスが最も輝いていた時代の音楽をリアルタイムで聴いていたまだイノセントだった大瀧さんの中学時代の思い出がこめられているからなんですね。

動くロビン・ワードの映像の紹介までいきませんでした(探せた人、いるでしょうか?)。
最後に、大瀧さんが「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかけたもう1つのロビン・ワードの曲を。タイトルは「I Will Love You」。この曲に関しては、話したいことたくさんあるのですが、この大好きな曲を「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかけていると知ったときは本当にうれしかったです。


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by hinaseno | 2014-01-23 09:22 | ナイアガラ | Comments(0)