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by hinaseno
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「恋するカレン」について語るときに、大瀧さんの語ること


最近、一番よく聴いている大瀧さんの曲は「恋するカレン」。そう、C-Emの曲です。先日、もう少し書きたいことがあったのですが、あまりにも長くなりすぎたためにやめました。というわけで、改めて「恋するカレン」のことを。

「恋するカレン」について考えるとき、絶対に押さえておかなければならないのは2002年1月13日に放送された「新春放談」での大瀧さんの話(ここで聴くことができるのでぜひ)。「恋するカレン」のことについては、ネット上でも元ネタが何であるとかたくさん書かれていますが、だれも、この10年前に語られた大瀧さんの言葉を取り上げていません。
2002年1月13日に放送された「新春放談」については、内田樹先生が先日ブログ上に再録された「大瀧詠一の系譜学」にもいくつか引用されていますが、内田先生が引用されていないところで、僕にとっては最高に興味深い話がなされています。かなり長い話。

達郎さんのこんな言葉から話が始まります。
『ロンバケ』聴いて、1曲目(「君は天然色」)2曲目(「Velvet Motel」)3曲目(「カナリア諸島にて」)聴いて、大瀧さんってほんとにキャロル・キングが好きなんだなって、あのとき初めて分かった。

これに対して大瀧さんは、「そうだよ」ではなく「ああ、そうなんだ」と返事をしてから、こう言葉を続けます。途中でときどき達郎さんは相づちを打ったり言葉をはさんだりしていますが、延々と大瀧さんが話し続けられています。ただし、いつも思うのですが、言葉だけ取り出して引用すると、大事な何かが失われてしまうのですが。
僕の中で、キング=ゴフィン(キャロル・キングとゲリー・ゴフィン)とマン=ワイル(バリー・マンとシンシア・ワイル)とジェフ=エリー(ジェフ・バリーとエリー・グリニッチ)は、相対的に全部好きなのよ。
その中で、自分の中では真ん中がゴフィン=キングなのよ。右翼がマン=ワイルなのよ。左翼がジェフ=エリーなのよ。君の場合はマン=ワイルが真ん中で、右翼、左翼がゴフィン=キングでジェフ=エリーだと思うのよ。で、これが「分母分子論」と「普動説」と、日本の場合とクロスしたっていうのを発見したのが”僕の普動説”だったのよ。大笑いだよ。
キング=ゴフィンというのは”唱歌”なのよ。輸入した、賛美歌だとか、ああいう唱歌的なもので、まだ百何年なんだよ。キャロル・キング調のものって唱歌調のものって輸入したものだから。
で、マン=ワイルは”歌謡”なのよ。歌謡好きな人は絶対にマン=ワイルなのよ。で、ジェフ=エリーは”童謡・民謡”なの。
で、これは完全に分かれているんじゃなくて円形になっているのよ。各々が全部円になっているから、全部ごっちゃになっているんだよ。
「The Locomotion」というのはキャロル・キングの中でもジェフ=エリーの方向なのよ、僕の中では。で、「Do-Wah-Diddy」とか「Hanky Panky」がジェフ=エリーじゃない。だからあれは”童謡”なのよ、僕の中では。左派なのよ。で、”童謡”が”民謡”なんかとクロスする。なんでクロスかというと、「単純化」で。C-F-Gじゃない。「Do-Wah-Diddy」はC-F-Gの中にマン=ワイルのようなサビもってくるんだよ。あれの中に”歌謡”が入ってるからデカくなるのよ。で、マン=ワイルの”歌謡”のところを突かないと日本ではドメスティックなヒットはでないんだよ。
ところがキング=ゴフィンっていうのは、”唱歌”から100何年経って中田章とか成田為三とか、ああいうようなシャレたメジャー・セブンだとか半音進行だとか、そういうものが入ってきて、戦後に高木東六だとか、もちろん(中村)八大さんだとか、服部(良一)さんも含めて、やってきたから、フォークとかわれわれのロックとかいうときにキャロル・キングのような唱歌的なものが真ん中に来るんだよ。それをドメスティックにやると日本のフォークになるんだよ。で、それをよりポップに近づけて、ジェフ=エリーの味とマン・ワイルの味を入れていくと...。
マン=ワイルの味を入れると「恋するカレン」になるんだよ。マン=ワイルまるまるだってよく言われるけれども、オレの中でのマン=ワイルは「カレン」なんだよ。だから「カレン」好きな人が多いのは、日本は”歌謡”じゃないと、大きなメインロードをつかめないんだよ。

最後が、ややいらだちの口調になっているのも見逃せない点ですね。
この話の中に出てくる「分母分子論」と「(ポップス)普動説」というのは、洋楽と邦楽というのを対立図式でしかとらえようとしていなかった音楽論に対して、そんなものではないんだとして大瀧さんが唱えられた理論。いずれも大瀧さんによって図式化されています(『KAWADE夢ムック 増補新版 大瀧詠一』にも掲載されています。この本には、お茶の水の山の上ホテルで行なわれた、大瀧さんと内田先生の初めての対談―石川さんも同席―も載っていて、必携本です)。

さて、 2002年1月13日に放送の「新春放談」。この中で、大瀧さんは自分自身の創作に関わる「僕の普動説」を語られてるんですね。これを大瀧さんの言葉にならって僕なりに図式化してみました。
大瀧さんの作られる音楽を考える上で、この図式は大きな手がかりになるはず。
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1曲目の「君は天然色」、2曲目の「Velvet Motel」、3曲目の「カナリア諸島にて」はキャロル・キングということですが、もう少しこの図式に従って考えると、 1曲目の「君は天然色」と「Velvet Motel」はキャロル・キングとジェフ=エリーが重なる部分のイメージで作られていて(「君は天然色」の方がジェフ=エリー寄り)、3曲目の「カナリア諸島にて」はキャロル・キングとマン=ワイルが重なる部分のイメージで作られているように思います。
で、「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」は大瀧さんも語られているようにジェフ=エリー、そして「恋するカレン」はマン=ワイル。

というわけで、次回は”元ネタ探し”というよりも、"分母分子論"、"普動説"的にみた「恋するカレン」の話をしてみたいと思います。
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by hinaseno | 2014-01-16 10:55 | ナイアガラ | Comments(0)