Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

もしもゲリー・ゴフィンの嫉妬心が少なければ...


昨日貼った1981年8月14日放送の、大瀧さんと達郎さんがエヴァリー・ブラザーズの曲をデュエットした「サウンド・オブ・ポップス」という番組。全部の曲を演奏した後、大瀧さん、こんなことを言っています。
「どの曲でも、1曲としてぴっしり決まらないというところに、いかに曲が好きかということが表れてるね。人のよさが表れる。対象に対する憧れみたいなものを、まだ捨てきってないところにね」

咄嗟に出たはずのこんな、ちょっとした言葉の中にも大瀧さんらしさがにじみ出ていて、うれしくなってしまいます。
でも、2人が、改めてきちんとした形で、こんなデュエットのアルバムをレコーディングしていたら、どれだけすばらしいものができていたんだろうかと、残念で仕方ないという思いを抱いてしまいます。大瀧さん、達郎さんとデュエットできて、とっても幸せそうでしたし。

残念の数を数えていたら切りがないのですが、でも、大瀧さんでしかなしえなかったことは、あまりに多すぎて...。
そんな残念なことの数を数えることになるかもしれませんが、この番組を聴かれて、達郎さんが、ひとつの大きな(というべきかどうかは人によるのでしょうけど)間違った説明をされたことに、どれだけの人が気づかれたんだろうかと、咄嗟に思ってしまいました。それは、間違いなく3月に放送されるアメリカン・ポップス伝で絶対に語られるはずの、”僕にとっての”アメリカン・ポップス史で最大の関心事に触れることでしたから。
それは例の「Crying In The Rain」に関すること。

曲を歌う前に達郎さんは、「これはキャロル・キングとゲリー・ゴフィンの名曲と謳われて...」と紹介します。
でも、違うんですね。正しくはキャロル・キング(作曲)とハワード・グリーンフィールド(作詞)の作品。これがなんと、あとにも先にも2人の唯一のコラボレーション。
なぜ、この組み合わせがここで生まれたのか。そして、こんなにすばらしい曲が生み出されたにもかかわらず、このあと一度もこの組み合わせで曲が作られることはなかったのか。
この辺りのことについては、一昨年に発売されたケン・エマーソン著『魔法の音楽』に、かなり詳しく書かれています。
もともとキャロル・キングは夫である作詞家のゲリー・ゴフィンとだけコンビを組んで曲を作っていて、一方のハワード・グリーンフィールドは、ニール・セダカやジャック・ケラー、あるいは昨年の暮れに何度か取り上げたヘレン・ミラーらとコンビを組んでいました。でも、あるとき(おそらくは1961年の秋)、おふざけのつもりでコンビを交換して曲を作ってみようということになったようです。キャロル・キングはハワード・グリーンフィールドと、そしてゲリー・ゴフィンはジャック・ケラーと。曲を作るときにはアルドンの会社の中の、小さく分けられた部屋の中に入ります。でも、どうやらヤキモチ焼きのゲリー・ゴフィンはそのアイデアにあまり初めから乗り気ではなかったようですが。
で、キャロル・キングとハワード・グリーンフィールドが作ったのが「Crying In The Rain」、一方、ゲリー・ゴフィンとジャック・ケラーが作ったのが、後にジャック・ジョーンズに歌われる「I’ve Got My Pride」。興味深いのは、この「I’ve Got My Pride」という言葉が「Crying In The Rain」の歌詞の中に出てくること。おそらくとなりの部屋にいるキャロル・キングのことが気になってずっとゲリー・ゴフィンが聴き耳を立てていた証拠のような気もします。
で、小さな部屋に別の男と二人っきりで曲を作っている状況をがまんすることができなくて、二度とそれを許さなかったという。「Crying In The Rain」に関しては、その後、もう一つオチがあるのですが、まあそれは本を読んでみて下さい。

さて、このエピソード、話としてはものすごく興味深いのですが、大瀧さんはおそらくこの話のウラを取ろうとされていたはず。実際に当事者の何人かに話を聞いていたかもしれません。
ああ、聴きたかった...。

僕なりに、ポップス伝のこの後のストーリーを考えるならば、きっとこうなっていたのではないかと思います。それはアメリカン・ポップス伝で最高の話の流れになっていたに違いないことなのですが。
それは、もしゲリー・ゴフィンの嫉妬心が強くなければ生まれることがなかったかもしれない話。

ゲリー・ゴフィンがあまりヤキモチを焼くことがなかったら、おそらくキャロル・キングとハワード・グリーンフィールドはもう少し共作を続けていただろうと思います。少なくとも会社はそれを勧めたでしょうし、エヴァリー・ブラザーズもそのコンビでもう何曲か曲を作ってもらいたかっただろうと思います。でも、ゲリー・ゴフィンは頑にそれを拒否します(たぶん)。おもしろいことにゲリー・ゴフィンは、 キャロル・キングに絶対に自分以外のほかの誰とも曲作りはさせないようにして、その一方ではジャック・ケラーと何曲か共作を続けます。大ヒットと言うわけではありませんが、なかなかいい曲を作っています。
さて、ハワード・グリーンフィールドはというと、もちろんニール・セダカとのコンビもずっと続けていて、その一方でジャック・ケラーとの共作を再開。ある曲のデモテープができあがったとき、それを2人が最初に聴かせたのがキャロル・キング(なんでこれをキャロル・キングに真先に聴かせようとしたのかも興味あります)。彼女はそれを聴いてすぐにアレンジを施します。そして生まれたのがこの曲。



きっと大瀧さんであればこの流れを作ってくれていたはず。『魔法の音楽』では、このあたりの話が逆転しているのですが。

そして「Venus In Blue Jeans」が生まれていなければ、この曲も生まれてはいなくて(大瀧さんも、そのように紹介してこの曲をかけたかもしれません)、多分僕は大瀧さんを知ることがなかったように思います。すべてはゲリー・ゴフィンの嫉妬心のおかげ?


[PR]
by hinaseno | 2014-01-08 10:29 | ナイアガラ | Comments(0)