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“ナイアガラ双六”的なストーリーのことをわかった人であるならば...


大瀧さんを偲んで、ちょっとしんみりとした曲を聴き続けていたのですが、今朝になって急にそういうのを聴きたくなくなって、「ゴー!ゴー!ナイアガラ」でかかった曲をまとめているプレイリストをシャッフルさせたら、この曲が出てきました。The Orlonsの「The Wah Watusi」。うん、今はこういうのがいいですね。



ちなみに2曲目に出て来たのはJimmy Clantonの「Venus In Blue Jeans」。最高ですね。



さて、昨日は、もうずいぶん前から更新されなくなっている大瀧さんのサイト、Ami-go Gara-geを覗いて、このサイトでは最も新しい文章である「アメリカン・ポップス伝 PT1」を読んでいました。

途中にこんな言葉があります。
《ラブ・ミー・テンダーが“マイ・ハッピネス”だった》というのは、今回の作業中に発見した結論で、始まりが終わり・終わりが始まりという“ナイアガラ双六”的なストーリーになったと、我ながら満足のいく構成になりました。

ナイアガラ双六とは、これです。
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『ナイアガラ・カレンダー』のおまけですね。再発されたときに、ついてたものです。終わりに近づけば近づくほど、始まりに戻されてしまいます。

ちなみにこの双六の裏側は大瀧さんの顔の福笑い(鬼泣き?)。上に「A HAPPY SMILE」と書かれていますが、このパーツを切り取って実際にやった人はいるんでしょうか。
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でも「始まりが終わり・終わりが始まり」という言葉は、これからの大瀧さんとの関わりを考える上でも心しておくべき言葉ですね。大瀧さんが亡くなって、終わったのではなく(実際にはアメリカン・ポップス伝は終わってしまったのですが)、でも、これが始まりであるととらえ直さなければ、大瀧さんがこれまでにいろんな形で何度も発信されてきたメッセージを受けとったことにはならないですね。

ところで、Ami-go Gara-geの「アメリカン・ポップス伝 PT1」の最後にP.S.としてこんなことが書かれています。
業界内友人の連日のレポート提出と、小林信彦さんの“文春コラム”に、感謝申し上げます。励みになりました。

そういえば、と書店に行ってみたら、昨年に出た小林信彦のコラム集『映画の話が多くなって』の中に、小林信彦さんが週刊文春で大瀧さんの「アメリカン・ポップス伝」の感想を書かれたものが載っていました。短いながらも、さすが小林さんという視点で書かれています。例えばこんなところ。
第一夜はエルヴィスの「ハートブレーク・ホテル」を流して、これが1956年にチャートの第一位になったという前置きをする。この歌が当時の若者(ぼくは23)に大きなショックをあたえた。
――ここまでは誰でもいうことだが、氏はその〈ショック〉を立証しようとする。...

そう、大瀧さんは「〈ショック〉を立証」という、絶対に誰もしない、容易ではない作業をされるんですね。僕なんかは「すごい」という言葉ですませてしまうところを、小林さんはきちんと言葉にされていて、やはりそういうのって大瀧さんはうれしかったでしょうね。

ところで、この『映画の話が多くなって』は1昨年書かれた文章をまとめたものなのですが、その最後にこんな書き出しで始まった文章が載っていました。
「年末の訃報というのは、つらいものである」

1昨年の暮れに亡くなられた小沢昭一さんのことを書かれたもの。小林さん、2年続けて同じ書き出しで始められる文章を書かなくてはならないんですね。
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by hinaseno | 2014-01-04 11:07 | ナイアガラ | Comments(0)