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by hinaseno
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オーロラの空の下、夢追い人ひとり 風の姿に似て


They Remind Me Too Much of You

昨夜のブログで書き並べたエルヴィスの曲の一つですが、今の心境はまさにこのタイトルそのもの。この曲が最も沁みます。
昨日、実家でぼんやりとテレビを見ていたら(基本的にテレビの選択権は僕にないのですが、だれもいなくなったときに静かな番組はないかといくつかチャンネルを変えていたら)、ある俳優がオーロラを見る旅をする番組が。
で、北極に近い空にオーロラがたなびく映像を目にしながら(こんな感動的なオーロラの映像を目にしたのは初めて)、ふと頭に浮かんできたのはやはりこの曲でした。
大瀧さんが小林旭に作った「熱き心に」。作詞は阿久悠。



『EACH TIME』制作後、実際には『EACH TIME』制作途中から曲ができない(曲としてまとめあげることができない)状態になった大瀧さんが、『EACH TIME』を終了してから2年経って初めて作ったのがこの「熱き心に」。大瀧さんにとってエルヴィスと並ぶもう一人のアイドルである旭さんが歌われるということで引き受けられたそうですが、やはり曲作りは難航したようです。
大瀧さんが曲を作るときに頭に描いていた曲は2つ。最初に大瀧さんは、それぞれの曲をイメージした2パターンの曲を作ったそうです。
ひとつは小林旭の曲の中で、音楽業界的に(「一般に」ではなく)最も人気が高かった「さすらい」。狛林正一が補作曲・編曲をされている曲です。大瀧さんは「多分無意識」としながらも「さすらい」は「月の沙漠」のメロディをもとにしていると指摘しています。
もう一曲は、実はもう一曲が大瀧さんの証言では2つに分かれています。1995年に発売された『大瀧詠一作品集 VOL.2』の解説では「惜別の歌」。大瀧さんの「個人的な思い入れ」のある曲とのこと。ところが2004年の『レコードコレクターズ』のインタビューでは「北帰行」。さて、正しいのはどちらなんでしょうか、と思いつつ、実は「北帰行」と「惜別の歌」はわりと似たタイプの曲で、しかもシングルのA面とB面。編曲はいずれも狛林正一。たぶんはっきりとどちらかの曲を下敷きにして作ったというのではなく、あくまで曲調や雰囲気を参考にされたんでしょうね。
で、「さすらい」をもとにした曲と「北帰行/惜別の歌」をもとにした2曲ができあがったのですが、それぞれそれなりに満足する形に仕上がり、さてどちらにするかと相当に悩んだようです。悩まれたということは、どこかそれぞれに足りない何かを感じられていたのかもしれません。
で、「悩みに悩んでギリギリのところで」二つを一つにしようと考え、それを完成されたんですね。「北国の...」で始まる最初の部分と「あ〜春には...」で始まるサビの部分に分かれるようですが、正直、どっちが「さすらい」をもとにしたフレーズで、どっちが「北帰行/惜別の歌」をもとにしたフレーズなのかよくわかりません(ちなみに数年前に放送された「スピーチ・バルーン」では「熱き心に」は、小林旭も歌った「落日のシャイアン」のラインで作られているものに「気がついた」と語られていました。何度か書きましたが原曲の編曲はアル・カイオラ、小林旭の歌ったものの編曲は狛林正一)。
いずれにしても、この曲ができあがったときの大瀧さんの達成感、成就感ははかりしれないものだったようで、曲が完成したとき「夜中に内線で女房起こした」そうです。で、その年の紅白に小林旭が出演して「熱き心に」を歌っているのを見たときには、うれしくて涙が出たそうです。
これがその紅白のときの映像でしょうか。



ところで、実家では阪神ファンの父親が「デイリースポーツ」という、どんなときでも阪神一色の新聞をとっているのですが、その元日号をみたらいくつもの阪神に関する特集がくまれているなかで、なんと大瀧さんのことが一面に扱われていました。伊藤銀次さんのコメントも載っています。ただそういうのを読んでも、まだ事実として受け入れられない状態ですが、そんな関係者のコメントの中に小林旭のコメントもありました。ネット上では見かけないものでしたので、旭さんのコメントをそのまま引用しておきます。
「『熱き心に』という日本でも指折りの名曲を作り出したクリエーターが亡くなったことに大変ショックを受けている。小林旭という音楽性を理解できた数少ない音楽家だった。そういう仲間がまた逝ってしまったことが本当に残念だ」

それから小林旭の関係者の話として、小林旭は大瀧さんを「音楽性にも通じるものがあり、とても信頼していた」とのこと。

ちなみに『レコードコレクターズ』のインタビューでは、最後に聴き手の湯浅学さんとこんなやりとりが。
大瀧「その時(紅白で『熱き心に』を歌ったとき)、アキラさんは何歳だったと思う?」
湯浅「46歳ですか?」
大瀧「そう。で、僕が『幸せな結末』を歌ったのは?」
湯浅「7年前だから...48歳ですね」
大瀧「そう、アキラさんが『熱き心に』を歌った歳とほぼ同じだったんですよ」
湯浅「それはわかりやすいかもしれない」
大瀧「そうでしょう。ディーン・マーティンの『エヴリバディ・ラヴズ・サムバディ』が46歳だったんだよ。去年僕は54歳だったんだけどシナトラが『サムシング・ステューピッド』を歌ったのが52。そういうふうなところが面白いですよ。昨今これ気が付いた」

こういうことを大瀧さんはずっと考えていたんですね。そういえば昨年の晩秋に僕はペリー・コモの『Just Out Of Reach』というアルバムをよく聴いていたのですが、この曲を歌っていたペリー・コモは当時63歳でした。



大瀧さんは近年、ときどきペリー・コモのことを口にされていて、最初は意外に思っていたのですが、今にして思えばペリー・コモの歌っていた年齢をかなり強く意識されていたのではないかと。
もしかしたらこんなタイプの曲をご自身のスタジオでこっそりと録音されていたんじゃないでしょうか。

ペリー・コモは63歳のときに、こんな曲も歌っています。こういう曲を大瀧さんの声で聴いてみたかったです。

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by hinaseno | 2014-01-03 12:06 | ナイアガラ | Comments(0)