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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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『早春』と「サセレシア」(2)


『早春』のこのシーンについてもう少し。
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この部屋の背景を見ると、背後の本棚にかなり多くの本が並べられています。病人である三浦という人物が相当の読書家であることがわかります。前にも書いたような気がしますが池部良も三石へ引っ越すときにかなり多くの本を処分する場面があります。
池部良の会社(「東亜耐火煉瓦」)には2つのグループがあって、池部良の属している側のグループは、文学を愛する人たちとして描かれていることがわかります。
田中康義さんの書かれたものを読むと、この三浦には実は実在の人物がいたそうです。それが『東京物語』のクランク・イン直前に亡くなった塚本芳夫さん。小津は『早春』のこのシーンを撮影しているときに、「この三浦は、死んだ塚本なんだ」と言っていたそうです。『東京物語』の次の作品である『早春』に、こんな場面を入れることで、小津なりの供養の形を示していたのかもしれません。そこで使われているのが「サセレシア」。

僕の勝手な推測ですが、このシーンを撮るときに、深い悲しみの感情がありつつも、小津の頭の中には軽快な音楽が流れ続けていたのではないかと思います。いや、軽快な音楽を頭の中に流し続けていたからこそ、このシーンを撮ることができたような気がします。
そしてそのときに小津の頭の中に流れていたのは、この2曲。
ひとつは「サ・セ・パリ」。



そしてもう一曲は「バレンシア」。



小津はこのシーンで使う音楽について、打ち合わせのときに斎藤高順さんにこう注文を出します。
「こういうシーンに、悲しい曲や綺麗な曲では画面と相殺してしまうので、歯切れの良い『サ・セ・パリ』や『バレンシア』のような音楽で頼むよ」

この2曲はリズムが同じ。8分の6拍子ですね。で、それと同じリズムで作られたのが「サセレシア」。「サセレシア」という曲のタイトルを命名したのは小津自身。もちろん「サ・セ・パリ」と「バレンシア」をつなげただけのことですが。小津ならではの洒落っ気。でも、素敵なタイトルです。
ちなみに「バレンシア」の日本語に訳された詩がつけられたものは、大瀧さんの「日本ポップス伝」の第2夜でかけられています。日本のポップスのきっかけの一つとなっている曲でもあるんですね。

話がそれましたが、小津はこの「サセレシア」をとても気に入って、次の作品の『東京暮色』で全編使うことにするんですね。逆に言えば小津は「サセレシア」を頭の中に流し続けながら、あの『東京暮色』という作品を作り上げていったような気がします。山田五十鈴さんへの演技指導もそれゆえのこと。「サセレシア」という曲があったからこそ、あの一見”暗い”作品を作ることができたと言ってもいいような気がします。

ちなみに『東京暮色』の主人公は有馬稲子さんなのですが、実は小津自身は『早春』で使った岸恵子さんを気に入って、岸恵子さんのことをイメージしながら『東京暮色』の台本を作ったとのこと。ただ撮影の段階に入ったときに岸恵子さんは別の作品の撮影をしていたために急遽、有馬稲子さんになったそうです。
岸恵子さんがあの役を演じていたら、どんな映画になっていたんでしょうね。

ところで明日12月12日は小津の誕生日でもあり命日でもあります。生誕110周年で、50回忌。これ以上の記念日はないですね。
というわけで改めて「サセレシア」を貼っておきます。これ曲は小津なりの鎮魂歌と言えるのかもしれませんね。



なお、とある事情のため、ブログは数日間お休みさせていただきます。
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by hinaseno | 2013-12-11 08:54 | 映画 | Comments(0)