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by hinaseno
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町工場と鉄工場とマッチ工場の話(2)


昨日触れた『小津安二郎 第二集』に収められた田中康義さんの話、ほかにもへえ〜と思う話が満載。
撮影監督だった厚田さんの名前が『東京暮色』や『お早よう』に入れられている話とか、浦辺粂子の競馬の話とか、あるいは『早春』で亡くなる三浦にモデルがいたという話とか、興味深い話ばかり。ちょっとした『隣町探偵団』的な話や、「偶然か計算か?」と題された『東京暮色』の山田五十鈴に関するびっくりするような話もあります。
それらを指摘しながら田中さんが示そうとしたのは次のこと。この言葉には深く納得するものがありました。
 野田さんと小津さんは、観客への説明、それが親切か不親切かではなく、そこで語られるセリフの”日常性”が、しっかりと保持されているかどうかを問題にしたに違いありません。
 日常の会話では、お互いがよく知っている固有名詞をあれこれ説明することはありません。むしろ、何でもなく固有名詞を口にすることが、その場面での、その人物たちの関係の日常性を表現することになるのです。

奇しくもキーワードは「日常」ですね。数日前に岩阪恵子さんの本にからめた話と同じく。

ところで、その田中康義さんが『小津と語る』(1993年)という映画を撮られていることがわかりました。世界中のいろんな監督に小津の話をしてもらっているドキュメンタリー映画。
なんとこれ、ネット上で見れるんですね。ここです。
最も感動したのは大好きなフィンランドの映画監督であるアキ・カウリスマキの話。彼の映画と同様のユーモアを交えた言葉には心打たれるものがあります。
私はこれから 30本の映画をつくるつもりです
あなたのレベルに
到達できないことを
納得するまでは
死んでも死にきれません

こんな言葉を、小津の写真を前にして、途切れ途切れに語られるところなんて、どこまでが真面目で、どこまでがユーモアなのか区別がつかないですね。

こんな言葉も出てきます。
今日の撮影にこの工場を選んだのは
私は未来よりも
過去を見つめるのが好きな人間だからです
そして 小津さん
あなたもそうだったに違いないと思います
たとえば60年代には
アメリカナイズされる兆しがあった日本
フィンランドにも同じ危惧があります
どうすれば良いのかわかりません
闇に消えれば良いのかも

この「工場」で撮影しているという映画は、彼の代表作である『マッチ工場の少女』ですね。川本三郎さんの本を読んで興味を持って、僕が初めて見たアキ・カウリスマキの映画。本当に大好きな映画です。その撮影現場でこの言葉がとられていたんですね。

で、彼の最後の言葉。これにはやられました。
私の墓には『生まれてはみたけれど』と刻みます

ところで『マッチ工場の少女』というと、この日のブログでも触れた、木山捷平のいくつかの詩に出てくる「マッチ工場」の「おしの」を思い出します。実在したのか、空想上の人物かわからない「マッチ工場のおしの」。でも、木山さんの日常の中にしっかりと入り込んでいた「おしの」。
来年あたりにはこの「おしの」という名の少女を探してみようかと考えています。
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by hinaseno | 2013-12-03 08:57 | 映画 | Comments(0)