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by hinaseno
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岩阪恵子さんの本とドロシア・ラングの写真とフォスターの音楽のこと


今、久しぶりに岩阪恵子さんの随筆集『台所の詩人たち』を再読しています。
岩阪恵子さんは、もちろん、あの『木山捷平全詩集』をはじめとして、講談社文芸文庫から出ている木山さんの本のほとんどのあとがきを書かれている人。でも、昨年、講談社文芸文庫の『木山捷平全詩集』を買って、そのあとがきを書かれていた岩阪恵子という人が、『台所の詩人たち』という本を書かれていた人だと気づくのには時間がかかりました。気づいたのは、昨年暮れに文庫本になった『木山さん、捷平さん』の著者の年譜を見てだったでしょうか。

岩阪恵子さんの『台所の詩人たち』という本のことを知ったのは、今から10年程前。当時購読していた朝日新聞の夕刊に、確か月1回くらいで連載されていた川本三郎さんの『文芸21』と題された文芸時評。当時、川本さんの紹介した本の多くを買っていた僕は、同じ月に紹介されていたアニタ・シュリーヴの『パイロットの妻』とともに購入しました。もちろん川本さんが紹介していたものは何でもかんでも、というわけではなく、あくまでその紹介のされ方で僕の心に響いたものだけを買っていました。そうして買ったものに”はずれ”は一つもありませんでした。
岩阪さんの本の紹介のはじめに川本さんはこう書いています。
非情な死の不意打ちに耐えるためには、日常と呼ばれる静かな時間を鍛え直していく他ない。

そう、岩阪さんの『台所の詩人たち』には、岩阪さんの日常の一見何でもない風景が、静かに選びとられた言葉で描かれています。木山さんの話もちょこちょこと。でも、僕はもちろん、その頃には木山さんのことは何も入ってはきませんでした。
今回、再読していて心に響いた言葉。
そもそも日常という言葉にいちばんぴったりなのは、走ることでも泳ぐことでも自転車を乗りまわすことでもなく、歩くことではなかろうか。

後で川本さんの文章を読んだら、やはりこの言葉を引用していました。岩阪さんはこのあと「歩くイメージの作家はだれだろうと考えてみるとき、わたしなら真先に庄野氏を思い浮かべるだろう」と書かれています。庄野氏とは庄野潤三のこと。でも、もちろん僕が歩くイメージの作家として真先に思い浮かべるのは川本三郎さんです。

岩阪さんの本をぱらぱらとめくっていたら最後の方にウォーカー・エヴァンスとドロシア・ラングの写真のことが。
僕はこの2人の写真集を数年後に買っているのですが、そうか、きっかけは岩阪さんだったんだと今更のように気づきました。

というわけで、昨夜からドロシア・ラングの写真集を久しぶりに眺めています。豊かさとは反対の側で暮らす人たちの日常の風景をとらえたいくつもの写真に、何度見ても心打たれます。「日常と呼ばれる静かな時間を鍛え」た人たちの姿がそこにあります。

で、今朝、いつものように起きて最初に石川さんのブログを見たら、フォスターのことが紹介されていました。朝食をとりながら、ここで紹介されている曲をいろいろと聴いていたら、なんとなくドロシア・ラングの写真の風景と重なってきて、何ともいえないほど心に沁みてきました。いや、フォスターいいですね。
というわけで、ジェームス・テイラーの歌ったフォスターのこの「Hard Times Come Again No More」という曲を。



このメンバーは最高ですね。もちろんジェームス・テイラーも大好きですが、個人的にはこのメンバーでは最も無名かもしれないベースのエドガー・メイヤーという人の大ファンです。
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by hinaseno | 2013-11-26 11:18 | 雑記 | Comments(0)