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「風立ちぬ」の〈20分の1の神話〉(その1)


昨日、ロイ・オービソンとジョー・メルソンと話を少ししてしまいましたが、「風立ちぬ」のことで少し言い忘れていることがありました。
「20」のうちのひとつになるかもしれない話。これを中森明菜の曲の題名になぞらえて〈20分の1の神話〉と言います。〈20分の1の神話〉という言葉を語られたのも大瀧さん。神は細部に宿るということですね。

これからも大瀧さんの何かの曲の細部について自分なりに気がついたことがあれば〈20分の1の神話〉シリーズとして、ときどき書いてみたいと思います。
ほお〜っと感心されることになるか、こじつけだと思われるかはわかりませんが。たぶん9割以上はこじつけだと思われるでしょう。

「風立ちぬ」は詞先だと言いました。詞先で詞の内容にとらわれていると曲のイメージがなかなか出て来ないので、大瀧さんのまずされたことは詞の言葉数を数えることだったと思います。で、すぐにあることに気づかれたはず。
まるで昔の文語定型詩みたいに「五」と「七」ばっかりだなと。
そういえば「風立ちぬ」というタイトルも文語だし。どうやら松本は意図的にやってるな、と思ったに違いありません。
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松本さんが松田聖子の曲に詞を書くようになったのはその前の「白いパラソル」(正確には1981年5月に発売された『Silhouette ~シルエット~』に収められた「白い貝のブローチ」)からなので、まだ松田聖子に関わり始めて間もない時期。にもかかわらず、早くもいろんな実験的なことを始めているんですね。もちろん相手が大瀧さんだとわかっていたからこそなんでしょうけど。

文語定型詩に曲をつけるというのは戦前から行なわれていたこと。特に童謡や民謡運動のときにさかんに作られていました。代表は何といっても西條八十やら北原白秋ですね。もちろん大瀧さんは今から20年前に放送された「日本ポップス伝」でも語られていたように、そのあたりの音楽にも造詣が深い。
で、参考までにそれらをいろいろと聴き直されたのではないかと思います。
そこで目に止まったのが「からたちの花」。この曲ですね。

北原白秋作詞、山田耕筰作曲の有名な童謡。

大瀧さんが目(耳)を止めたのは最初の5文字、「からたちの」。なんと「かぜたちぬ」と重なる言葉が3つも。最後の「の」と「ぬ」も近い。これは使える、と。

まあ、これは100%こじつけの話で、実際には僕が日本ポップス伝を聴き返していたときに気がついたことなんですが。
もうひとつ言えば、昨年、川本三郎さんの『白秋望景』を読んで以来、僕は白秋に惹かれてしまって、つい先日も古書五車堂で北原白秋の詩に白秋の生まれ育った柳川の風景をとらえた『水の構図 水郷柳川写真集』というのを見つけて多いに喜んだばかりだったこともあって。
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僕が昔から最も好きな童謡は「ペチカ」。以前書いていたような気がしたのですが、書いていませんでしたね。これもやはり北原白秋と山田耕筰のコンビで作った童謡。でも、 川本さんの『白秋望景』 を読んだり、「日本ポップス伝」を聴き返したりしているうちに「からたちの花」が大好きになりました。正直言えばこれまで一番の歌詞しか知らなかったのですが、特に5番(第5連)の歌詞にはぐっとくるものがありますね。詩を引用しておきます。

からたちの花が咲いたよ。

白い白い花が咲いたよ。



からたちのとげはいたいよ。

青い青い針のとげだよ。

からたちの畑(はた)の垣根よ。
いつもいつもとほる道だよ。


からたちも秋はみのるよ。

まろいまろい金のたまだよ。



からたちのそばで泣いたよ。

みんなみんなやさしかったよ。



からたちの花が咲いたよ。

白い白い花が咲いたよ。

川本さんは「童謡における『よ』の発見」で、この詩に触れられています。唱歌に対する運動として始められた童謡。それまでの唱歌にはない、子供の日常会話の中に出てくるはずの「よ」を取り入れ、全ての行の最後に、その「よ」で韻を踏ませている。これも当時としては大きな実験だったんですね。このあたりから「よ」を取り入れた童謡、たとえば「揺籃のうた」(野口雨情)、「赤蜻蛉」(三木露風)が生まれてくる。

さて、大瀧さんの「日本ポップス伝」では、このあとにいったん童謡から離れて、この曲がかかります。

島倉千代子の「からたち日記」ですね。昭和33年の曲。作詩西沢爽、作曲遠藤実。
遠藤実は大瀧さんが最も敬愛する作曲家のひとりですね。対談もされているはず。一度、その対談を聴いてみたいと思っているのですが、まだ聴けていません。

この「からたち日記」も七・五を多用した定型詩ですね。やはり詩先なんでしょうか。メロディ的に「からたちの花」に重なる部分はありませんが、ポイントは語りの部分(ちょうど1:00あたりの「幸せになろうね」と言うあたり)のバックで「からたちの花」のメロディが流れます。これは大瀧さんが「日本ポップス伝」で指摘されていることなのですが、そのときにこう言葉を添えられています。

「こういうふうにしてやるもんですけど。dedicationというのはね、音楽家は」

単なる引用とかパクリということではなく、いろんな形で唱歌が流行歌の中に取り入れられ発展していくという話。

曲のバックにdedicationを捧げる曲のメロディを少し取り入れるのも、大瀧さんはしばしばされていますね。
僕は前に「風立ちぬ」の下敷きとなっている音楽として、アメリカの音楽のことばかり指摘したのですが、少なくとも定型詩的な松本さんの詞に曲をつけるときに、こうした日本のポップス、流行歌の歴史を考えなかったはずはなかっただろうと思います。
「からたちの花」あるいは「からたち日記」を「風立ちぬ」に取り入れたかどうかは別として。

ところで、『水の構図 水郷柳川写真集』の写真を見ていると、荷風が昭和20年7月13日にみた庭瀬付近の風景に重なるものを感じます。庭瀬から妹尾にかけてのあたりもまさに水郷だったはずですから。
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by hinaseno | 2013-07-16 10:07 | ナイアガラ | Comments(0)