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Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
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内田百閒のシュークリーム


昨日は「川の日」とは関係なく、ほぼ1日中、音楽に関するある作業をずっとやっていました。YouTubeですごい音源があるんだなと思って、後でよく調べたら自分がもっていrることに気づいたり。あるいはネット上にはなかった”あの人”が写っている写真をあるCDのブックレットで発見したりとか。そのあたりのこと、もうまもなくここに書いてみようと思います。

ところで、その休憩がてらテレビをつけたら「グレーテルのかまど」をやっていました。特番だったんでしょうか。
この番組、土曜日の晩にやっているときにはよく見ていました。ある作家の作品に出てくるスイーツを取りあげて、その物語を紹介しつつ、そのスイーツを番組の中で作るというもの。これを見ると、必ずそこで取りあげられたスイーツを無性に食べたくなってしまって、次の日曜日に買いに行ったりしていました。

昨日は『海街diary』というマンガに出てくる梅酒と梅ジュースを作っていました。『海街diary』は川本三郎さんのエッセイに取りあげられていて、すぐに買って読みました。いい話が多いです。

「グレーテルのかまど」という番組をはじめて見たのは「向田邦子の水羊羹」の回。向田邦子の水羊羹についてはこの日のブログで少し触れましたね。
それが放送された日、たまたま実家に戻っていたら新聞欄に「向田邦子の水羊羹」の言葉を見つけて、おっと思って見たのが最初。向田邦子の『眠る盃』に収められたエッセイ「水羊羹」は大好きだったので、うれしかったですね。水羊羹に関するこだわりをいろいろと語った後で音楽の話が出てきます。向田さんがシチュエーション・フェチでもあることがわかります。
 
 ムードミュージックは何にしましょうか。
 私は、ミリー・ヴァーノンの「スプリング・イズ・ヒア」が一番合うように思います。この人は1950年代に、たった一枚のレコードを残して、それ以来、生きているのか死んだのか全く消息の判らない美人の歌手ですが、冷たいような甘いような、けだるいような、なまぬくいような歌は、水羊羹にピッタリに思えます。クラシックにいきたい時は、ベロフの弾くドビュッシーのエスタンプ「版画」も悪くないかも知れませんね。

ただ、それ以来、毎回見たかというと、実はこの番組のことはすっかり忘れていたのですが、ある日、なんと「内田百閒のシュークリーム」が放送されていたことを知り、でも時遅く再放送も終っていました。それ以降、意識してこの番組を見るようになりました。

その「内田百閒のシュークリーム」はその後、特番か何かのときにちょこっとだけ放送されたのですが、ちゃんとした形で見てみたいですね。
で、昨日久しぶりに百閒の『御馳走帖』に収められた「シユークリーム」を読んでみました。
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短いエッセイで、もう何度も読んでいるのですが、昨日ちょっと気になることを発見しました。当時の古京町あたりの様子もわかって興味深いので、全文引用します。

 私が初めてシユークリームをたべたのは、明治四十年頃の事であらうと思ふ。その当時は岡山にゐたので、東京や大阪では、或はもう少し早くから有つたかも知れない。
 第六高等学校が私の生家の裏の田圃に建つたので、古びた私の町内にもいろいろ新らしい商売をする家が出来た。夜になると、暗い往来のところどころにぎらぎらする様な明かるい電気をともしてゐる店があつて、淋しい町外れの町に似合はぬハイカラな物を売つてゐた。
 私は明治四十年に六高に入学したのであるが、その当時は私の家はもうすつかり貧乏してしまつて父もなくなり、もと造り酒屋であつたがらんどうの様な広い家の中に、母と祖母と三人で暮らしてゐた。
 夜机に向かつて予習してゐると、何が食いたいかと考えて見ると、シユークリームがほしくなつて来る。その時分は、一つ四銭か五銭であつたが、さふ云う高いお菓子をたべると云ふ事は普通ではない。しかし欲しいので祖母にその事を話すのである。祖母が一番私を可愛がつてゐたので、高等学校の生徒になつても矢張り子供の様に思はれたのであらう。それなら自分が買つて来てあげると云つて暗い町に下駄の音をさせて出かけて行く。
 六高道に曲がる角に広江と云ふ文房具屋があつて、その店でシユークリームを一つ買つて来るのであるが、たつた一つ買つて来ると云ふ事を私も別に不思議に思はなかつた。祖母の手からそのシユークリームを貰つて、そつと中の汁を啜つた味は今でも忘れられない。子供の玩具に本当の牛を飼つて見たり、いい若い者の使に年寄りがシユークリームを買ひに行つたりするのが、いいか悪いかと云ふ様ではないのであつて、こつてい牛は今では殆ど見られなくなつたが、シユークリームをたべると、いつでも祖母の顔がどことなく目先に浮かぶ様に思はれるのである。

百閒が通った第六高等学校は現在の朝日高校、小川洋子さんの通っていた高校ですね。昨日読み返しておっと思ったのは「六高道に曲がる角に広江と云ふ文房具屋」。
先日、古書五車堂さんに行ったときに、百閒が住んでいた頃の百閒の生家周辺のようすを描いた地図をもらっていたのですが(まだ、何部か残っていたように思います)、この「広江と云ふ文房具屋」はどうやら今も同じ場所にあるようなんですね。もちろん戦後に建て直されたはずだと思いますが、写真も載っています。
先週、この店の前も歩いているのですが、見たような見なかったような...。
また、次回、このあたりに行ったときに訪ねる楽しみのある場所がひとつ増えました。

ところで百閒と言えば大手饅頭。
いつか「グレーテルのかまど」で大手饅頭をやってもらえないかと秘かに期待しています。
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by hinaseno | 2013-07-08 09:31 | 雑記 | Comments(0)