人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno

1903年のオハイオ州デイトン(7)


1903年のオハイオ州デイトン(7)_a0285828_1025986.jpg

このランディ・ニューマンの「デイトン、オハイオ 1903」という曲にからめた話の最後に、僕の好きなランディ・ニューマンの曲をいくつか紹介しておこうと思います。

まずは、何といっても「I Think It's Going To Rain Today」という曲でしょうか。梅雨の時期でもありますしね。 この曲、 ランディ・ニューマンが作った曲の中では、詞も曲も最も美しいもののひとつであることは誰もが認めるところだと思います。いろんな人が歌っていて、もちろんランディ・ニューマン本人も歌っているのですが、僕はクロディーヌ・ロンジェの舌足らずな声で歌われたものが大好きなのでこれを貼っておきます。ピアノはランディ・ニューマン本人が弾いています。今改めて聴いてみたら、ちょっとドビュッシー的ですね。

もう一つランディ・ニューマンのきれいなピアノの演奏による「Dexter's Tune」という曲。『レナードの朝』という映画の挿入歌です。

次は「老人」に関する曲を2曲。いずれも小品というべき曲ですね。僕が好きなランディ・ニューマンの曲は大作よりもランディ・ニューマンのピアノだけで歌われる2分くらいの小品が多いような気がします。
ランディ・ニューマンは、若い時から老人に対する深い共感を持った人で、老人を題材にした曲を20代から作っていました。若いころから老人に対する共感を持っていたということで言えば荷風と似ていますね。「デイトン、オハイオ 1903」の町で声をかけてきた人も老人であったような気がします。

「老人」に関する曲の一つ目は、その「デイトン、オハイオ 1903」も入っている『セイル・アウェイ』というアルバムのA面の最後に収められた曲。タイトルはまさしく「Old Man」。29歳のときに作られた曲ですね。

もう一つは『小さな犯罪者(Little Criminals)』というアルバムのB面の最後に収められた「Old Man On The Farm」という曲。34歳に作られた曲。詞も本当に素敵です。

ところでランディ・ニューマンといえば、あの村上春樹もランディ・ニューマンのファンなんですね。前にも触れた例のネット上で行なわれた村上ラジオで語られています。『スメルジャコフ...』に載っていますが、全部引用しておきます。

まず、1999年7月30日の「村上ラジオ」でこんなことが書かれました。実はこの日の「村上ラジオ」では、その数日前のブライアン・ウィルソンの来日コンサートに行ったことが書かれていて、村上さんはなんと演奏後にブライアンの楽屋に行って握手してサインまでもらっていますブライアンと言葉も交わしているんですね。うらやましい。で、ブライアンのコンサートの報告の話にランディ・ニューマンの話が出てきます。
ついでにまた音楽の話です。音楽に興味のない人、今回はごめんなさいね。でもあとひとつだけ言いたいことがあるので。
みなさんの中にランディ・ニューマンの好きな人いますか? 少しはいますね。新譜を聴きました? もちろん聴いていますよね。よかったでしょう? もちろんよかったですよね。いちいち訊くまでもないな。それだけ。

ブライアン・ウィルソンやビーチボーイズの話でも、ついて来れる人はあんまりいないんじゃないかと思っていたときに、突然ランディ・ニューマンの話が出てきて本当にびっくりしました。 「みなさんの中にランディ・ニューマンの好きな人いますか? 少しはいますね。新譜を聴きました? もちろん聴いていますよね。よかったでしょう? もちろんよかったですよね」 この問いかけに「ランディ・ニューマン好きです。新譜聴きました。もちろんよかったです」と答えた人が村上ファンの中に果してどれだけいたんでしょうかと考えつつ、もううれしくてしかたなかったですね。

で、その次の8月17日に更新された「村上ラヂオ」ではその新譜(『BAD LOVE』)に関するもっと詳しい話が出てきます。何と貴重な村上訳も。
この前の村上ラヂオでランディ・ニューマンの新しいアルバム「バッド・ラブ」がいいですね、と書いたんだけど、そのつづき。この中に "Better Off Dead(死んだ方がまし)" という曲があるんだけど、これがいいんだ。

君は誰かさんと恋に落ちたけど、
相手は君を愛してはいない。
誰かさんは君をひどい目にあわせて、
おかげで君の頭はひじき状態だ。
誰かさんは君なんか求めてもいないくせに、
かといって解放してもくれない。
誰かさんは君を狂人扱いして、
君に向かって「アタマ変じゃないの」と
何度も何度も何度もしつこく言う。
そういうことが君の身に起こったら、
そりゃ、死んだ方がましだぜ。

でも恋をするとさ、
そういうことって、びっくりするくらいしょっちゅう起こるんだ。
(そして、きついんだ、これがまた)(村上春樹訳)

いかにもランディ・ニューマンらしい、素敵によれてオフビートな歌詞ですね。肩の力が抜けた好アルバムだと思いますので、その手のものが好きな人は是非聴いてみてください。その手のものが好きではない人には、なんじゃらほいの世界かもしれませんけど。

この村上訳の素晴らしさ。僕の持っている日本盤の対訳と比べると、その違いは歴然、というかそっちは設定を決定的に間違えているのですが。まあそういうのを言い出すと切りがないですね。

それにしても特に
You might be surprised to learn how often it can happen
In a love affair
(And boy does it hurt)

の部分を
でも恋をするとさ、
そういうことって、びっくりするくらいしょっちゅう起こるんだ。
(そして、きついんだ、これがまた)

って訳すところが、さすがというか素晴らしすぎますね。

村上春樹のランディ・ニューマンの話はもう少し続きます。
ランディ・ニューマンという人は自分の歌の歌詞をとても大事にする人で、ずっと昔日本に来たとき聴きにいったんだけど、聴衆が自分の歌っている歌詞を理解しているかどうか、常に気にしていました。「ねえ、ちゃんとわかってくれた?」とか客席に向かっていちいち訊いたりする律儀な方でした。
まるでちょっとした短編小説を読んでいるような趣のあるシブイ歌詞なので、C Dの歌詞カードをじっくり読んであげると、ランディさんもきっとにこにこ喜ばれると思います。

というわけで「Better Off Dead」という曲を、と思ったんですが、残念ながらYouTubeに音源がありませんでした。iTunes Storeにはありますね。村上さんも言っているようにとっても素敵な曲なんで、是非ダウンロードして聴いてみて下さい。イントロのピアノがたまらなく好きです。

村上春樹といえば『村上ソングズ』でもランディ・ニューマンの曲を1曲取りあげています。「Mr Sheep」という曲。村上さんの訳した邦題は「羊くん」。そう羊ですね。ただしこれは都会の通りを歩いているサラリーマンを羊に例えて皮肉った曲。

この曲の解説で村上春樹はこんなことを書いています。ランディ・ニューマンの作った曲は、皮肉や毒の裏に隠された彼の気持ちをわかってもらえずに誤解されることが(多すぎるくらい)多いのですが、これほどに見事にランディ・ニューマンの音楽世界を説明した言葉をほかに見たことがありません。
「政治的な正しさ」なんてものは、ニューマンの世界にとっては(ほとんど)まったくお呼びではない。彼はときとして弱いもの、凡庸なるもの、障害を持つものを、荒っぽく笑い飛ばしたりもする。しかしそのシニカルで加虐的な哄笑の裏に隠された、ある種の優しい心持ちが、また赦しの兆しのようなものが、彼の歌からは微妙に(ほんとに微妙にだけど)こちらに伝わってくる。そこにはちょっと不思議な種類のリリシズムさえ漂っている。だからこそ僕らは何はともあれ、ついつい彼の歌に聴き入ってしまうのだ。ずいぶん昔のことだけど、日本にやってきたとき、小さなホールで彼の歌を聴いて、そのささやかな、しかし独特の力をもった個人的世界のありように心をひかれた。

で、最後にこう付け加えています。
ランディ・ニューマンは大都会の片隅の光景がとてもよく似合う人である。そこではシニズムが時として逆説的ないたわりとなり、習慣的絶望が時として癒しとなるのだ。

最後にあと2曲だけ大好きなランディ・ニューマンの曲を。
まずはランディ・ニューマンの曲を全曲歌ったニルソンのアルバムの「デイトン、オハイオ 1903」の次の「So Long Dad」という曲。本当はランディ・ニューマンのライブの様子を知ってもらおうと『Randy Newman / Live』に収められたランディ・ニューマン自身が歌ったものを貼ろうと思ったのですが、残念ながらYouTubeにありませんでした。客とのやりとりが聴けてとてもいい感じです。曲も最高です。

で、最後はそのニルソンが亡くなった後で作られたトリビュート・アルバム(全曲ニルソンの作った曲のカバー。ちなみにこのアルバムにはブライアン・ウィルソンも参加して、かの「This Could Be The Night」を歌っています)の最初に収められた「リメンバー」という曲。
実はニルソンが歌った「リメンバー」という曲をそのときには知らなくて、ランディ・ニューマンがニルソンに捧げるために作った曲とずっと思っていました。それくらい、ランディ・ニューマンらしさにあふれている曲。
曲の最初の「Long ago, Far away」という部分がたまりません。
ランディ・ニューマンには「Long ago」と「Far away」という言葉が似合います。

by hinaseno | 2013-06-02 10:29 | 音楽 | Comments(0)