人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno

夏の海 ― ニューゼルシー州アシベリイパーク(2)


夏の海 ― ニューゼルシー州アシベリイパーク(2)_a0285828_933517.jpg

明治38年(1905年)の夏のある日曜日、荷風は当時滞在していた家の従兄といっしょに ニューゼルシー州アシベリイパークに向かいます。
まず地下鉄に乗ってニューヨークの船着き場に行き汽船に乗ります。ブルックリン・ブリッジやブルックリンの市街を横目に見ながら次第に荷風の乗った船は大西洋に。船はいったん海岸の景色も見分けがつかないほど沖合に出て、それから再び陸地にそって進みます。で、午後の1時過ぎにプレザントベーという船着き場に到着。そこから電車に一時間ほど乗って目的のアシベリイパークに。

このプレザントベーからアシベリイパークに向かう電車から眺めた海辺の風景がたまらなくいいんですね。荷風の目がとらえられたものが、まるで佐野元春の曲の歌詞みたいに体言止めの形で書き連ねられています。
小庭の楓に網床(ハンモック)を吊し身を長々と横えて小説を読んで居る若い姉妹、緑滴る縁側(ベランダ)に安楽椅子を並べて往来を眺めながら楽し気に語り合うて居る若い夫婦、牧場から野の花を摘んで鉄の垣根道を帰って来る若い恋人同士、手を引合い唱歌を歌って走廻って居る小娘の幾群...

ここらあたりまで読んで、ちょっとだけ不思議な気持ちになります。これが走っている電車から見た風景? 
まるで歩きながら見たような風景。いったい電車はどれくらいのスピードで走ってるんだろう? というようなことを明石から姫路に向かう電車の中で考えているうちに、あっというまに姫路駅に到着。とても「小庭の楓に網床(ハンモック)を吊し身を長々と横えて小説を読んで居る若い姉妹」の姿を見ることなんてできないスピードで。

自宅に戻って、とりあえず『あめりか物語』はおいて、Googleマップを開きました。
まず、ニューヨークのあたりを拡大。そしてその周辺の海岸を探してみる。汽船に乗ったとはいえ、日帰りの小さな旅行。そんなに遠くではないはず。
そしてその場所はすぐに見つかりました。ニューヨークからハドソン川を下り、ローワー湾を渡ったところに長く海岸線が伸びた場所の中に。

アズベリ・パーク(Asbury Park)。場所はニュージャージー州(New Jersey)。
荷風はニュージャージー州を「ニューゼルシー州」、アズベリ・パークを「アシベリ(イ)・パーク」と表記していたことがわかる。ただ、Googleマップでは アズベリ・パークと表記されていますが、一般的にはアズベリーパークと表記されることが多いようです。

ニュージャージー州アズベリーパーク? どこかで聞いたことがあるな、とおぼろげな記憶を辿る。でも、浮ばない。

次に探したのはプレザントベーという港。おそらくPleasant Bayと英語で表記される場所のはず。荷風はそこまで船で渡り、そこから電車に乗っています。当時のままの路線かはわからないけど、海岸線に線路が走っていることも発見。
最初はラリタン湾あたりではないかと思って探しましたが、それらしい地名は見当たらない。線路も海岸からどんどん離れていってます。いったいどこに寄港したんだろうと悩みつつ、地図を南に辿りました。アズベリーパークあたりは単調な海岸線が伸びているので、湾になっているところを南へ南へと辿っていきました。するとようやくそれらしい地名を発見。
ポイント・プレザント(Point Pleasant)。場所はアズベリーパークよりも10kmほど南の湾の中にありました。近くにはポイント・プリザント駅もありました。線路はそこから海岸沿いをアズベリーパークまでまっすぐに伸びています。

荷風は1時間ほど電車に乗ったと書いていました。
10数kmほどの距離を1時間。ということは途中止まる駅の停車時間を考えても、時速は20km出ているかどうか。初期の軽便鉄道くらいのスピード。でも、その時代のその辺りの郊外を走る電車はそんなものだったんでしょうか。電車から荷風の目がとらえた風景が、まるで歩きながら見たように感じられたのもこれで納得しました。

改めて電車からの風景を。 実際には細かな風景だけでなく、笑い声や話し声、口笛やピアノの音まで荷風は聴き取っているのですが。
小庭の楓に網床(ハンモック)を吊し身を長々と横えて小説を読んで居る若い姉妹、緑滴る縁側(ベランダ)に安楽椅子を並べて往来を眺めながら楽し気に語り合うて居る若い夫婦、牧場から野の花を摘んで鉄の垣根道を帰って来る若い恋人同士、手を引合い唱歌を歌って走廻って居る小娘の幾群、花園を前にした門の戸口に其の友を訪ねる美少年の幾組、到る処愉快な笑い声と話し声、口笛とピアノの響。

さらには、男女の服装も細かく見ています。特に女性に関しては。停車しているときにじっくりと見たのかもしれませんが。
男は身軽なジャケットに麦藁帽子、女は真白な日傘に帽子も冠らず渦巻く金髪(ブロンド)や黒髪(ブルネット)の光沢を誇り、短い袴(スカート)の裾から、皺一ツ無い靴足袋に愛らしい小形の靴を見せ、胸さえ透見えるような薄い上衣(ウエースト)の袖は二の腕までも捲り上げ腰を振り方で調子を取りながら、輝く日光の中を歩む様、恰も空飛ぶ鳥のようである。

そして電車はようやくアズベリーパークに到着します。
by hinaseno | 2013-05-18 09:09 | Comments(0)