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by hinaseno
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小津安二郎の『早春』と『断腸亭日乗』(その9)


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もし小津が荷風(と谷崎)を意識したものを映画の中に取り入れたとしたならば、『東京物語』の荒川放水路での場面のように、詩情にあふれたものになるはず。もちろん小津のとらえた映像は、どの場面を見ても詩情にあふれているのですが、とりわけ、ということでいえば2つ。

まずは、やはりこの場面ですね。
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池部良と岸恵子が一夜を過ごした翌朝の最初の場面。まさに『濹東綺譚』の一場面にあるような光景。
窓にすわる岸恵子。紅の色は前夜食事をしていたときよりも濃くなっていて、どこか娼婦のような雰囲気を漂わせています。
そして窓の外は水の風景。この部屋はもちろんセットなのですが、すぐ外に海があることを示すように部屋の中にゆらゆらとした光の反射が写っています。

映画ではこの場面が写る前に、こんなカットが入ります。
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海に何本もの木や竹の棒が立ち並んだ風景。海苔粗朶(のりそだ)というもの。これだけでこの場所がどこであるのか、わざわざ説明をしなくても、わかる人にはわかるようになっているんですね。

場所は大森海岸。池部良も岸恵子も住んでいることになっている蒲田からはそんなに遠くない。現在では蒲田と同じ大田区に属している場所。戦後、大森区と蒲田区が合併して大田区になったんですね(大森の「大」、蒲田の「田」から一文字ずつとって「大田」になったということを今、知りました)。

大森(シナリオをみると「鈴ケ森あたり」と書かれています)という場所の"文学的な意味"については、川本三郎さんの『銀幕の東京』で詳しく説明されています。

明治時代から戦前の昭和、さらに戦後も昭和30年代までは、料亭、待合、旅館が並ぶ歓楽地だった。『大森に行く』といえば、男女の関係が出来ることを意味していた。


この後、川本さんは「大森に行く」ことが書かれている文学をいくつか挙げています。夏目漱石の『虞美人草』、そして永井荷風の『つゆのあとさき』。
『つゆのあとさき』ではヒロインの君江が、田舎から東京に出てきて会社の事務員になったときに「課長に誘惑されて大森の待合に連れられて行つた」との記述があります。
で、川本さんはこう書いています。

『早春』の池部良と岸恵子が大森の旅館に泊るというのはこういう"伝統"を踏まえている。戦前昭和との連続性を大事にする小津は、ここでも新宿や渋谷を選ぶことはない。蒲田に住んでいる二人が家に近い大森の旅館に泊るということは、他人の目を考えればかなり”危険”な筈だが、小津としては漱石から荷風につながる大森にこだわりたかったのだろう。


『断腸亭日乗』を読み終えたばかりで、荷風への意識が高まっていたはずの小津にとって、この場面は「大森」という場所だけでなく、映像的にも強く荷風を意識していたに違いありません。

ところで「大森」といえば、荷風の敬愛する成島柳北も、岡山の旅から東京に帰ったときに、自宅に戻る前に大森に立ち寄ったことが『航薇日記』に書かれています。ただしこのときは昼食をとっただけのようですが。

大森の梅園に午飯す、此亭は久しく来馴し処なれば、何となく昔を忍びて悄然たり


以前にも何回かは大森に来ていたようですね。成島柳北の『航薇日記』については、また改めて書こうと思っています。

さて、『断腸亭日乗』に、大森、あるいは鈴ケ森のことが出て来ないかと思って調べたらありました(「索引」は本当に便利)。ちょっと興味深い内容なので引用します。昭和7年6月18日の日記。

晡下乙部を伴い鈴ケ森の旧海道を歩む。人家立連りて今は海を見ること能はず、処々に古松の枯残りたるあり。又道路の傍に物揚場の如き入堀ありて纔(わずか)に海を見る。埋立地の石垣に打寄する海水の不潔なることむかしの鉄漿溝(おはぐろどぶ)のごとし。悪臭甚しく長く岸に立つこと能はざる程なり。国道の西側なる大井川町妓家の間を歩み大森停車場に出て、銀座に晩餐をなして別れたり。


「乙部」とは乙部高子という女性のこと。「銀座5丁目の路地」に住んでいた女性のようです。この年の5月に出会って以降この時期この女性に頻繁に会っています。で、彼女と大森(鈴ケ森)に行っているんですね。昭和7年のこの時期でも海水が相当に汚くなっていて、臭いも耐えられないほどひどくなっていることが書かれています。

そういえば映画のあの場面で、小津は岸恵子にこう語らせています。

「ゆうべは灯りがちらちらして、いいとこだと思ったら......きたない海......。あぁ、いやだ、あんなもの浮いてる」

『断腸亭日乗』で書かれている大森の海に対する荷風の嫌悪感に重なるような言葉を岸恵子に語らせていて興味深いです。

さて、この岸恵子の言葉に関して川本さんはこう書いています。

岸恵子が言う『汚ない海』は、実は『汚ない東京』と重なっている。小津安二郎にとって、高度経済成長にさしかかった東京は、明らかに窮屈な過密都市であり、かつての古き良き東京とは違う汚れを見せてきている。小津はそのことに自覚的である。小津というと東京を愛した監督と思われがちだが、実は、小津は東京を愛しんでいると同時に、変わりゆく東京に絶望もしている。


で、『早春』では、その主人公は東京をはなれて岡山の三石に行くことになります。でも、池部良はその前に"ある場所"に立ち寄ります。
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by hinaseno | 2013-04-27 09:35 | 映画 | Comments(0)