Nearest Faraway Place nearestfar.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

Talks About Music, Books, Cinema ... and Niagara


by hinaseno
プロフィールを見る
画像一覧

小津安二郎の『早春』と『断腸亭日乗』(その1)


a0285828_13271520.jpg

『全日記 小津安二郎』に収められた日記は、欠落部分の後、1954(昭和29年)1月2日より再開しています。
この年の前半の日記にはほとんど見るべきものがありません。前年の暮れに公開された『東京物語』に触れた言葉もありません。映画のこと、仕事のことは何も考えないようにしておこうという感じの日々。
どこかに「ゆく」、だれかに「会ふ」、またはだれかが「くる」。その繰り返し。

3月3日の日記にはこんなことが書かれています。

「苛風 裸休など買ふ」

もちろんこれは荷風の『裸体』のこと。どうやらこの数日前にこの単行本が出たみたいですね。でも、その後これを読んだとは書かれていません。でも、荷風のことは気になり続けていることがわかります。
この時期小津は読書らしきものもまったくしていません。おそらく次作のイメージをゆっくりと固めていたことは間違いありません。

その後の日記にもほとんどめぼしいものはないのですが、5月の9日と14日に『新平家物語』を読んだことが書かれていて、6月7日にはなんとオードリー・ヘプバーン主演の『ローマの休日』を観ています。これはちょっと驚き。調べたら『ローマの休日』の日本公開はこの年の4月19日。日比谷劇場で38日間のロングランが記録されたとなっていますが、小津が観たのはその後。評判になっているということを知り、2番館で観たのでしょうか。でも、この時期に僕の大好きな『ローマの休日』を小津が観ていたのは興味深い出来事。ただし映画の感想は何も書いていません。

そして8月27日の日記に唐突にこんな記述が現れます。

「仕事の話ひらける 兵隊の話を思ひつく ラスト出来る(中略)題名 早春と決る」

ちなみにこの「中略」部分に書かれているのは「 信州大学の丘に登る」。
小津はこのとき蓼科高原に来ていたんですね。確か別荘があるんですね。その近くにある信州大学近くの丘の上で『早春』という題名を思いついたということでしょうか。

この日の日記で何よりも興味深いのはその前に書かれている「仕事の話ひらける 兵隊の話を思ひつく ラスト出来る」という部分。
「ラスト」というのはいうまでもなく三石での場面のこと。やはり小津は尾道の行き帰りの列車から見た(もしかしたら尾道からの帰りに途中下車していたかもしれません)三石の煙突のある風景をどのような形で映画の中に取り入れるかを思い続けていたようです。主人公をどういう形で三石に向かわせるか。それがこの日ひらめいたんでしょうね。

「兵隊の話を思ひつく」という部分も興味深いですね。『早春』というと、しばしば倦怠期を迎えた夫婦、そして不倫というテーマのみで語られがちなように思うのですが、小津がまず考えたのは、主人公を兵隊として戦争に行っていた人物として設定すること。そしてその主人公を東京から遠く離れた岡山の三石に住まわせるようにすることだったんです。

そしてこのひと月余り後の 10月10日の日記にはこんな言葉がさらっと記されています。

「配役決定」

これはまちがいなく『早春』の配役を決定したということなんでしょうね。まだシナリオを書いていない段階で、先に配役を決めています。もちろん主役の何人かだろうとは思います。少なくとも主人公である池部良と、その不倫の相手となる岸恵子は小津の頭の中ではこの日に決定したんでしょうね。

ところで池部良といえば、小津が『東京物語』の脚本を書き始める(つまり小津が『荷風全集』を手に入れる)直前の 1953(昭和28年)2月18日の小津の日記にこんな記述があります。

「上原葉子から電話で明日池部良が宿屋にいつてもよろしいかとの問合せ よろしいと答へる」

で、翌日「葉子 池部良くる」とあります。
この日は他の人も来て酒を飲んだり食事もいっしょにしていますが、小津はうとうと寝てばかりしています。この日の日記の最後には「仕事の話ハ何もしない」と書かれています。

池部良は『東京物語』には出演していませんし、出演するにしても池部良が演じるのにふさわしい役はどこにもありません。もし出演の可能性があるとすれば...、それは明日以降のどこかで書くことにします。でも、あの映画のストーリーの中では単なる端役になってしまうのですが。
この時期池部良は1949年公開の『青い山脈』で大ブレーク状態にあって、その後いろんな映画に立て続けに出ています。何か仕事を下さいと言ってきたわけでもなさそうです。まあ、形の上では言ったかもしれませんが。しかも池部良は小津の松竹ではなく東宝に所属していて、のちに『早春』に出演を依頼する際には五社協定というものがひっかかってからり難航したことが小津の日記に書かれています。そんな人を映画の端役に使うわけにはいきませんね。
でも、僕は、『東京物語』の"ある人物"を池部良に設定しているんです。で、もしかしたら小津自身もそうではなかったかと。
小津は配役を決めてからシナリオを書くようなので、一度も映画に登場することのないその人物も、小津の頭の中でははっきりと顔をイメージしていたはず。で、やはりそれは池部良ではなかったかと思っているんです。

ところで、池部良は兵隊として実際に中国に行っているのですが、『早春』の2年前には戦争映画である『さらばラバウル』に主演しています。公開されたのは1954(昭和29年)2月10日。小津が「兵隊の話」を思いついて次に作る映画の題名を『早春』と決めたのがその年の8月27日。
どうやら小津はかなり前から主演を池部良に決めていた可能性が高いような気がします。「岡山の三石」、「池部良」、そして荷風の「断腸亭日乗」が次なる作品のキーワードだったと。

それにしても、おそらく小津が岡山に関心を持つきっかけになったに違いない『断腸亭日乗』を収めた『荷風全集』を手に入れる直前に池部良に会っているというのが、やはりとても運命的な気もします。もうひとつ運命的といえば、今、いろいろと調べていたら、池部良はなんと大田区の生まれなんですね。大田区のどこなんでしょうか。ちょっとそこまでは調べられませんでした。
[PR]
Commented by おさむ at 2013-11-22 15:49 x
池部良の家は大田区臼田坂上です。
池上通りを大森から池上方面に1キロ半くらい行って
旧大田区役所の角を右折して坂を上ったところ
Commented by hinaseno at 2013-11-23 07:38
情報、ありがとうございました。
by hinaseno | 2013-04-19 09:04 | 映画 | Comments(2)