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by hinaseno
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小津安二郎と『断腸亭日乗』(その4)


荷風の『断腸亭日乗』を読んでいた日々の小津の日記を読んでいて、思わずにっこりしてしまったのは次の言葉でした。小津は1953(昭和28年)6月上旬に集中的に『断腸亭日乗』を読み、6月14日に読み終えています。
まずは6月11日の日記。「晡時 帰る 駅前本屋にて荷風全集前期十二冊を購ふ」
それから翌6月12日の日記。「晡下出社」

この日のブログでも書きましたが、「晡下」は『断腸亭日乗』で何度も出てくる言葉。夕方を表す言葉ですね。荷風は「 晡下」とともに、ときどき「晡時」という言葉も使っています。小津はそれを使ってるんですね。これは川本三郎さんの本には書かれていなかったことだったので、見つけたときにはうれしかったですね。

そういえば、先程の日のブログで触れている川本さんの『あのエッセイ この随筆』(2001年)で、川本さんはこんなことを書かれていました。

一度、自分の文章のなかで使ってみたいと思っているが、現代文のなかではどうしても違和感が生じて使えない。だいいちおこがましい。


小津は荷風の『日乗』を読んで以降、明らかに文語体の文章が増えてきます。その中でちゃっかり使っていたわけです。というわけで、内田先生にもぜひ一度文語体の文章を書いていただいて、「晡下」という言葉を使っていただけたらと思っています。

さて、話は小津の『東京物語』のことに。
『断腸亭日乗』で荷風が熱海で過ごした日々のことを知って、小津が『東京物語』の撮影に入る前に『日乗』を読んだということは、もしかしたら小津は『日乗』を読んで、笠智衆と東山千栄子が東京を離れて数日過ごす場所として熱海を設定したのではないかと思ったのですが、それは前にも引用したこの日の小津の日記を読んで違っていることがわかりました。4月8日の日記。

「駅前の本屋によつて荷風全集などの金を払ひ帰る
とにかく書き始める 熱海の海岸のところから書きこのシーンを上げる」

熱海の海岸のシーンというのはこの場面ですね。
a0285828_8573720.jpg

こんな会話が交わされています。

「どうかしなさった?」
「う〜ん」
「ゆうべよう寝られなんだけぇでしょう」
「う〜ん...。お前はよう寝とったよ」
「うそ言いなしゃぁ。わたしも寝られんで」
「うそ言ぇ。いびきかいとったよ」 

「そうですか」
「いやぁ、こんなとこぁ、若いもんの来るところじゃ」
「そうですなぁ」
「京子はどうしとるでしょうなぁ」
「 う〜ん。そろそろ帰ろうか」
「お父さん、もう帰りたいんじゃないんですか」
「いやぁ、お前じゃよ。お前が帰りたいんじゃろ。東京も見たし、熱海も見たし。もう帰るか」
「そうですなぁ、帰りますか」
「ふ〜む」


せっかく子供たちに会いに東京に来たのに、ちょっと邪魔者扱いされて熱海に泊まらされることになるんですね。でも、泊まった旅館がうるさくて眠れない。その翌朝の場面。このあと東山千栄子は立ち上がろうとしたときに少しふらつく。そして、その後間もなく...。

小津はこのシーンから書き始めたんですね。映画のなかで最も詩情あふれるシーンではないでしょうか。

そういえば荷風は岡山から熱海に行って、滞在するようになった家で成島柳北の『航薇日記』を発見した翌日(昭和20年9月6日)の日記でこんなことを書いています。

熱海の勝景はこのたび余の初めて観ることを得しところなれど、何の故にや岡山市郊外の田園に於けるが如く其印象優美ならず、即ち余の詩情を動かすべき力に乏しきが如し


ちょっと現代語訳してみるとこうなります。

「熱海の風景を私は初めて見ることができたけれども、なぜだか理由はわからないが岡山市郊外の田園において見た風景のようには、その印象は優美なものではない。つまり私の詩情を動かす力には乏しいようである」

荷風が「詩情を動かすべき力に乏しき」場所と書き記した熱海を、小津は最も詩情あふれるシーンにしているんですね。このあたりはとっても面白いです。小津は『東京物語』のシナリオを書き終えて、『断腸亭日乗』のこの言葉を読んで、よし、それならばと思ったのかもしれません。

小津は『東京物語』であの熱海のシーンを最も大事な場面として考えていました。そして『東京物語』のシナリオを書き終えた後に『断腸亭日乗』を読み、荷風の熱海の日々を知り、荷風は熱海で繰り返しその前に過ごした岡山の日々のことを思っていることも知ります。小津のその後に書かれた日記を読むと、明らかに岡山で過ごしていた時期の荷風の日記の影響を強く思わせるものもあります。 小津の頭の中に「岡山」が強くインプットされたに違いありません。そんな中で『東京物語』の撮影が進められることになります。

『東京物語』には、もう一つの大切な舞台がありました。笠智衆夫婦の実家がある場所として設定されている広島県の尾道。尾道もおそらくは『断腸亭日乗』を読む前に決められていた場所だとは思いますが、偶然にも尾道は広島でも岡山にかなり近い都市。
残念ながら小津が尾道で撮影していた時期の日記は欠落していて何も知ることはできないのですが、『断腸亭日乗』を読み終えたばかりの小津は、尾道までの行き帰りの列車の中で、相当注意深く岡山の風景を眺めていたと思います。
で、かなり単調な田園が続く風景の中で、岡山のはずれの山間の町の風景を心に留めます。煙突が何本も立ち並ぶ町。いうまでもなく三石でした。
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by hinaseno | 2013-04-18 09:01 | 映画 | Comments(0)